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秋色日和 28
「いっくんのおじーちゃんだよ。だーいすきなくまのおじいちゃんなの!」
テント前で、先生方に意気揚揚とおじいちゃんが出来たと告げるいっくん。
まだレースは半周残っているのに、涙で視界が霞んでしまうよ。
「おじーちゃん、いっくん、がんばるよぅ」
「おぅ、いっくん、ついてこい」
「あい!」
ところが、いっくんは不慣れな四つん這いが疲れたらしく、途中でぺたんと俯せのまま動かなくなってしまった。
「えっと……いっくん、どうした?」
「あのね、いっくん、つかれちゃったぁ……」
俺から絶対離れるまいとくっついてくると思いきや、いっくんは肝が据わっているのか、ははっ、これは大物だな。
しかし、ここでいつまでも眠っているわけにはいかない。
「よし、いっくん、特別だぞ」
「なぁに? とくべちゅ?」
「おじいちゃんの背中に乗れ」
「わぁ、いいの? うれちいなぁ」
俺が姿勢を低くすると、いっくんが「よいちょ」と可愛いかけ声で背中によじ登り、ぺたっとくっついてくれた。
猛烈に鮮やかな記憶が蘇る。
君は、まだこんなに軽いのか。
こんなに小さいのか。
生まれた時から、父親がいなかったいっくん。
たった4年。されど4年もの長い年月だ。
沢山寂しい思いをし、悲しみの海に溺れそうになったこともあるだろう。
それでも小さな身体でママを必死に守り、母子で肩を寄せ合って生きて来た。
この子供の祖父になれて良かった。
すくすく伸びやかに成長出来るように、俺たち大人が力を合わせて手を繋いで守ってやりたい。
それを出来る幸せを噛みしめた。
みーくんとの思い出は途中でぷつりと途絶えてしまったが、もう取り返しがつかない過去も、こうやっていっくんと幸せを築いていくことで、上書きしていけるのか。
明日のことは何も分からないし、決まってもいない。
だからこそ俺もまた頑張れる。
それが人生だ――
「おじいちゃーん」
「なんだい?」
「おじいちゃんのおせなかって、ひろくておおきくてパパとにてるねぇ」
「それは……親子だからな」
潤とは血の繋がりはなくとも心がしっかり繋がっているから、似てくるのさ。
この先は、もっともっと――
「のっちのっち」
「のっしのっし」
「おじーちゃん」
「なんだい?」
「おじーちゃん、だいしゅきだよう。いっくんのおじーちゃん」
いっくんが天使のようにふっくらした頬を、俺の背中に乗せてくれている。
君は、俺の孫。
泣きたいくらい愛おしく可愛い存在だ。
小さなぬくもりが、心をどこまでも温めてくれた。
****
『動物なりきりレース』は大成功だった。
お父さんといっくんの熊の親子は、ゆっくりだが仲良くゴールした。
いっくんが途中で疲れてしまうと、お父さんが迷いなくいっくんを背中に乗せて、のっしのっしと前進した。
その光景に、ふっと肩の力が抜けた。
すみれと結婚した時、すみれのご両親は病弱で自分達の生活で精一杯なので頼れない。オレの方は大沼だから簡単には頼れない。兄さんには兄さんの生活がある。これ以上の迷惑は掛けられない。
だからオレの肩に全部かかっていると思うと、責任が重過ぎて怖くなった。
何故ならオレはスクスク伸びやかに成長したとは言い難い。歪んで曲がって折れそうになったオレが、いっくんをはたして真っ直ぐ育てられるのか不安があった。
だが、今のオレにはこんなにも多くの助っ人がいる。
困った時は助けてくれる人がいる。
遠くから駆けつけてくれる両親と兄たちがいる。
月影寺の人達にも可愛がってもらっている。
ひとりじゃないって、こんなに安心できるんだな。
オレひとりで出来ることなんて、たかがしれている。周りの力を力を借りた方が深みが出る。困った時に無償の愛で手を差し出してくれる人は、お金では買えない財産だ。
オレも優しい人になろう。
優しい人になりたい。
人の力になりたい。
出し惜しみせずに、愛を注げる人になりたい。
オレの兄さんたちのようにさ!
兄さんたちがしてくれたことを、今度はオレがしていく。
****
「今年のPTA競技は昨年に大好評だった『借り人競争』です」
「よっしゃ! 来たぞ!」
『借り人競争』とは、よーいドンでスタートしお題カードをめくって、そのお題に当てはまる人を会場内から調達し、ゴールを目指す競技だ。
足が速くてもお題に沿った人を探すのに手間取るので、誰が1番になるのかを予想出来ない面白さがあり、しかも観客の中から探すので会場が盛り上がる。
もしも『可愛い人』『アイドル』『妖精』『天使』が出たら、絶対瑞樹を連れて行く!
俺はスタートの合図を、手ぐすねを引きながら待った。
「それでは位置について、よーいドン!」
一斉に走り出す。
俺は一番早くカードを引いた。
「おぉぉ! これはっ」
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「瑞樹、今から忙しくなりそうだな。すぐに走れるように準備運動をしておくといい」
「憲吾さん、どうしてですか」
「借り人競争では、統計では君のような人が選ばれやすいのだ」
「え? 統計って」
「瑞樹は『可愛い人』『アイドル』『妖精』『天使』のような人だからだ。選択肢が多い」
憲吾さんに真顔で言われて照れ臭い。
しかもそれ、宗吾さんがいかにも考えていそうなことであって……
まったく宗吾さんと憲吾さんは見た目も性格も真逆なのに、根っこが同じというか、可愛い人達だ。
人として魅力がある。
「いえ、僕はそんなたいそうな人間では……ただの30歳の男ですよ」
「いや、きっと君は引く手あまただ」
「まさか……」
レースが始まると、そのまさかが……
僕を目がけて、宗吾さんを先頭に数人の人が突進してきた。
「わわ、まさか」
「だから言っただろう?」
そんな中、宗吾さんが全速力で走り抜け、一番に手を差し出してくれた。
*****
あとがき
借り人競争の瑞樹の形容は読者さまとペコメで盛り上がった内容からのインスパイアです。いつも一緒に物語の世界を楽しんで下さってありがとうございます。
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