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秋色日和 32

 次は親子競技だ。  去年はいっくんに泣かれてしまったから、今年は笑顔でやりきりたい。  いっくんを園児席まで迎えに行くと、オレにぴょんと飛びついてきた。   「パパぁー つぎはね、パパといっくんんがいっちょにできるんだよ」 「おぉ、今年は何をするんだ?」 「えへへ、いっくんがぜーんぶおしえてあげるから、だいじょぶだよ」 「へぇ、頼もしいな」 「まかしぇてね」  にこっと微笑んで小首を傾げるいっくんの様子が愛くるしく、その場にいる人が皆、ぽかぽかした気持ちになった。  4歳児になると保護者と協力して競技に参加できるようになる。去年は子供を箱に入れて保護者が引っ張るだけだったので、成長を感じるよ。  入場門までいっくんと手と繋いでいくと、先生がいた。 「みなさーん、次の競技『おっこちちゃいやいやボール』ですよ。みんなー お父さんやお母さんにルールを教えてあげてね」 「はぁい」  いっくんもオレに待ってましたとばかりに張り切って教えてくれた。 「パパ、あのね、このボールをね、バスタオルのうえにのせてはこぶんだよ」 「おぉ、なるほど」 「それでね、こうやってもつの」  親子で向かい合ってバスタオルの角を持つと、バスタオルの真ん中に先生がボールを置いてくれる。そのボールが落ちないように走って折り返して戻って、次の親子にバスタオルとボールを渡すというリレーだ。  いっくんはしっかりルールを理解していたので、ここでもまた成長を感じた。  体格は同年代の子供より頭一つ小さく小柄だが、人より理解力があって正確に情報を伝えられた。親馬鹿モード全開でデレデレだよ。 「いっくん、がんばろうな」 「あい!」  オレたちは後ろの方だったので、皆の様子を眺めることが出来た。  へぇ、なるほど。  ゆっくり慎重に運ぶ親子や、急ぎすぎて落としそうになる親子など、いろんなタイプの親子がいるんだなぁ。  おっと! あの親子は慌てすぎてボールを下に落としてしまったぞ。    コロコロ転がってきたボールを拾って届けてあげると、丁重にお礼を言われた。 「いっくんのパパさん、ありがとうございます」 「あ、いえ」  いっくんのパパか……  みんな認識してくれているんだな。 「いっくん、今のは誰だ?」 「たなかくんだよ。たなかだいくんとママだよ」 「そうか」  オレも皆の名前を覚えたいな。 「よし、いっくんの番だぞ」 「あい!」    オレといっくんは息を合わせて走り出した。  ボールを落とさないように、ゆっくり過ぎず早すぎず、ちょうどいい速さで走り抜けた。  いっくんがオレに寄り添い、オレもいっくんに寄り添った。  どっちかが早かったり遅かったりしたら、バランスを崩してしまう。  いっくんは相手のことをしっかり見ることの出来る子だ。 「よし、いっくん、もうゴールだぞ」 「わぁい、ボールしゃん、おっこちなかったね」 「あぁ、いっくんとパパの息がぴったりだったからな」  いっくんの1年の成長を肌で感じられたよ。いっくんの運動能力、昨年よりも高くなっていた。精神的な成長も感じられた。 「あの、さっきはボールを拾って下さってありがとうございます」 「田中さんですよね。オレは樹の父です。宜しくお願いします」 「あ、名前知っていたんですね」 「樹に教えてもらいました」 「いっくん、可愛い子ですよね。どうぞ宜しくお願いします」 「こちらこそ、楽しい競技でしたね」  なるほど「保護者競技」って、他の親子と触れ合う機会でもあるんだな。  親子競技をきっかけに、少し交流の幅が広がりそうで嬉しくなった。  オレたち、人ともっと積極的に絡んでみよう。  昔はそんなの面倒で自分と意見が違うだけで面白くもないと拒絶していたが、今は違う。  いろんな人がいるから、いいんだ。  それが世の中だと思えるようになった。  絡む人が多ければ、嫌な思いをすることも増えるかもしれないが、怯まず縁を結びたい。  人はやっぱり人と交流することで学習し、楽しめる生き物なんじゃないか。  いっくんとすみれと出逢ってから、人の縁が広がった。    いつもの毎日に、ぐっと奥行きが出た。  だから思うこと! ****  レジャーシートで和気藹々と昼食を取っていると、水筒を飲みながら近づいてきた上級生の児童が、俺たちの周りでふざけだした。  駆け回ったり、肘で腹のあたりを小突いたりと、ゲラゲラとふざけてじゃれ合っている。    その合間に水筒のお茶を飲むので、水飛沫が飛んできた。  おいおい……仲良しなのはいいが、こっちは食事中だ。近くで騒がれるのはちょっとなぁと思った瞬間、その児童が躓いてバランスを崩してしまった。 「あっ!」  児童の飲みかけの筒がストンと、あーちゃん目がけて落ちていく。 「危ない!」  オレは咄嗟に、あーちゃんを庇うように抱き抱えた。  水筒はオレの肩にあたり、中身ドバッと零れてしまった。肩への衝撃はたいしたことなかったが、背中がびっしょり濡れてしまった。  児童は真っ青になって平謝り。 「君たち、食事中の人の前でふざけるのはよした方がいい」 「すっ、すみません」 「今度から気をつけろよ」 「はい」  今日は運動会なんだ。楽しく過ごして欲しい。  だからここでやめた。  そんなやりとりをして振り向くと、母さんも兄さんも美智さんも、瑞樹も芽生も、みんな、俺の動向を見守っていたようだ。  瑞樹がすぐにタオルで背中を拭いてくれる。 「宗吾さん、大丈夫ですか。大変でしたね。中見は麦茶だったようで……背中が茶色になってしまいました」  あーあ、真っ白なリネンシャツなんて着てくるんじゃなかったな。 「宗吾、彩芽を庇ってくれてありがとう」 「宗吾さん、守ってくれてありがとう」  え、いやいや。  当たり前のことを当たり前のようにしただけなのに、こんなに感謝されていいのか。 「宗吾は咄嗟に動ける男なのよね。かっこ良かったわよ」  母さんまでべた褒め?  最後は芽生で、目をキラキラさせている。 「パパ、かっこいい! ボクもパパみたいに、さっとうごける人になりたい」  俺が取った行動を、みんなが手放しで褒めてくれるのがうれしいやら、照れ臭いやらだ。 「宗吾、ちょっといいか」 「何?」 「すぐに上着を脱げ、これに着替えろ」 「え? どういう意味?」 「だから、私のジャージを着るといい」  兄さんが、いきなりジャージとTシャツを脱いで俺に渡した。 「いや、だが……兄さんが上半身裸ってわけにはいかないだろう」 「ふっ、私を誰だと思っている」  兄さんはするすると鞄からワイシャツを取り出し、キュッとネクタイまでしめた。 「えええっと、ジャージにワイシャツとネクタイ?」 「どうだ? ジャケットもあるぞ」 「なんで運動会にスーツを?」 「私の正装だ」  ははっ、流石俺の兄さんだ。  しかジャージのズボンにワイシャツは痛々しい。 「兄さん、とりあえず一緒に着替えに行こうぜ。そっちも貸してくれよ」 「……下も必要か」 「あぁ、どうせなら全身緑色になりたい」 「そうか、やっぱり宗吾もミドリレンジャーに、ひそかに憧れていたんだな」 「ははっ、それって大昔のヒーローか。兄さん、好きだったのか」 「まぁな」  兄弟一緒に成長してきたから分かりあえること。  話せること、まだまだありそうだな。  兄さんを知ろう。  もっともっと知りたい。

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