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冬から春へ 50

 宗吾の家で小さな天使に出会ってから、なんとなくそわそわしている。    なんだ? このモヤモヤとした気持ちは?  つい先日のことだ。  軽井沢に住んでいる瑞樹の弟のアパートが全焼し、一家が路頭に迷ってしまった。  そのニュースを聞いた時、私も酷く心が痛んだ。  東京よりずっと寒い土地で、住処をなんの前触れもなく失ってしまうなんて。    聞けば、まだ乳飲み子がいるそうじゃないか。  私は東京の庭付きの一軒家で結婚するまでのうのうと暮らし、結婚を機に一時的にマンション住まいをし、結局また戻ってきて今も実家に住み続けている。住む場所への不安など……正直今まで一度も抱いたことはない。  瑞樹の弟は函館から単身で軽井沢にやってきて、会社の寮で生活し、結婚を機会に、そのアパートに移り住んだと聞いている。苦労の末、ようやく手にいれた安住の地だったに違いない。  それが火事で全焼だなんて、なんとも惨いことだ。  そんな最中、宗吾の行動は早かった。  瑞樹の行動も早かった。  二人で現地に即日駆けつけ、奥さんと子供たちを自宅マンションに避難させるなんて。  私だったら、そこまで出来ただろうか。    宗吾の行動にはいつも関心する。  私はいつも頭でっかちで、感情に任せて動くことが苦手だ。  そんな私という人間に、今、出来ることはないだろうか。  物事には、今すべきことがあるのでは?  あの小さな天使のつぶらな瞳が忘れられず、そんなことばかり考えていた。 「憲吾、あなた、何か悩みでもあるの?」 「やれやれ、母さんには何でもお見通しですね」 「ふふっ、それは生まれた時からあなたを知っているからよ」 「参りました。実は……」  母さんに思い切って聞いてみた。  すると…… 「そんなの簡単よ。分からないのなら、聞けばいいじゃない」 「え? 聞く?」 「そうよ、テストじゃあるまいし、答えを聞いちゃいけないルールなんてないでしょう」 「あっ」  全くその通りだ。  考えても考えても分からないのなら、聞けばいいのか。 「憲吾は冷静で理路整然と物事を見渡せるから、自分で答えを探すのが得意だけど、人と人の間にはそれでは分からないこともあるのよ」 「全くその通りです」 「素直ね、じゃあもう一つアドバイスしましょうか」  思わず身を乗り出してしまった。 「いっくんはね、見ていて思ったけど、昔の瑞樹よ。周りに気を遣って本当にしたいことを口に出せない子なの。優しい子なのよ。だからそういう時は周りからそっと差し出してあげればいいのよ。あの子が本当にしたいことは何かを……」 「そうか」  ずっと気になっていたのは、樹くんの寂しそうな笑顔だった。 「すぐに傍にいる宗吾に相談してみます」 「まぁ、ナイスアイデアよ。憲吾、冴えているわ」  母に褒められて照れ臭くなった。    人は、いくつになっても褒められると嬉しいものだな。  以前の私だったら……宗吾に頼るなど、絶対にしたくないことだった。    だが今は違う。  弟の行動力から学び、弟の機転に助けられている。  電話をして大正解だった。  私に出来ることが見つかった。 「美智、買い物に付き合ってくれるか」 「えぇ、もちろん。あなたが買い物なんて珍しいわね。一体何を買いにいくの?」 「実は樹くんの幼稚園の通園バッグを買いに行きたいのだ。来週から一時的に芽生が通った幼稚園に通えることになったそうだ」 「素敵! じゃあ芽生くんのお古を使ったらどうかしら?」    それも一理あるが、なんというか……新しいものを用意してやりたいのだ。きっと宗吾も同じ気持ちだったから、私に投げかけたのだろう。 「いや、制服はお古を着るそうだが……通園バッグは新しいものを準備してやりたい。幼稚園に電話をしたら日本橋のデパートの制服部門にストックがあるそうなので行こう」 「そうね、お下がりも良いけど、何もかも失ってしまったいっくんに新しいバッグをプレゼントするのって素敵」  美智の賛同も得て、私は実行した。  母さんの言う通りだ。  相手の気持ちに添うことも大事だ。 **** 「めーくん、いってらっちゃい」 「いっくん、いってくるね」 「うん」 「かえったら、またあそぼうね」 「うん!」  めーくん、ランドセルせおって、たのしそう。  パタンととびらがしまったら、いっくんしょんぼりだよ。  あーあ、いっちゃった。  いいなぁ、おそとはたのしいよね。  しょうがっこうでは、いっぱいおともだちとあそべて、いいな。  いっくん、きょうはなにをしよ?  まきくんは、いっくんのおえかきをビリビリにやぶいちゃうし、ママはまきくんのいたずらをとめるのでつかれているし、いっくんは、いいこにしてないとだめだめ。  いいなは、だめだよ。  でもね……いっくんも……そろそろ、おべんきょうしたり、おともだちとあそんでみたいな。    ほいくえん、たのしかったなぁ。  みんな、げんきかな? 「いっくん、何かあったかな? 少し元気ないね。僕に話してごらん」 「みーくん……うーうん、なんにもないよ。だいじょうぶ」 「……そうかな?」  みーくんにも、じょうずにはなせなかったよ。  だって……  みんなたいへんだもん。   「いっくん、今日はお客さんがやってくるよ」 「みーくんのおきゃくさま?」 「いっくんにだよ」 「えー だれ、だれ?」 「楽しみにしていてね」  わくわくまってると、おじさんがきてくれたよ。  このまえあった、かっこいいおじさんだよ。  えっと、そーくんのおにいちゃんの…… 「ケンくん」 「ケンくん? あぁ、そうだ。私はケンくんだ。今日はいっくんにプレゼントを持って来たぞ」 「え? プレゼント? だって……いっくんのおたんじょうびすぎちゃったし、クリスマスはまだだよ?」 「はじめましてのプレゼントだよ。ほら、どうぞ」  ポンとおおきなはこをわたされたよ。 「えっと、えっと……」  もらっていいのかわからなくて、キョロキョロしちゃった。    そうしたらママもそーくんもみーくんも、みんなニコニコだったよ。 「あ……ありがとうございましゅ」 「どういたしまして。使ってくれるかな」 「あけていいでしゅか」 「もちろんだ」  なんだろ?   なんだろ?  あっ!  はこからはピカピカのようちえんのバッグがでてきたよ。 「これぇ……これ、しってる」 「お! 知ってるのか」 「あのね、アルバムでみたの。めーくんがようちえんのときのおしゃしん」 「君は聡い子だな。そうだ、それは幼稚園のバッグだ」 「え? でもいっくんようちえん……いってないよ?」  ピカピカのバッグにびっくりしちゃった。  いいな……  これもって……いっくんもようちえんにいってみたいなぁ。  いいな……はだめなのに、とまらないよ。 「いっくん」 「みーくん。どうちよ。これ、どうちよ?」 「いっくん、もう素直になっていいんだよ。今したいことは何かな?」 「え……」 「話してごらん。僕たちが叶えてあげるよ、君はもうひとりじゃないのだから」  みーくん、おはなのかおりがしてやさしい。  いいのかな…… 「あのね……あのね……いっくん、ようちえんにいってみたいの」 「よし! 言えたね。そうだよ、君は明日から幼稚園に通うんだよ」 「えぇ?」 「ほら、かけてごらん」 「うん! わぁぁ、いっくん、かっこいい?」 「あぁ、とてもカッコいいよ」

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