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冬から春へ 52 

 ボクの幼稚園の制服を着たいっくんが、うれしそうに、くるんくるんと回ったよ。  いっくん、すごく、すごく、うれしそう!  よかった、本当によかったよ。  昨日、お兄ちゃんに思い切って相談してよかった。  お兄ちゃんの言う通りだ。  いっくんが自分から言えて、本当によかった。 …………  土曜日。 「芽生くん、そろそろ学校に行く時間だよ」 「わ~ 急がなくちゃ! ボク、ランドセル取ってくるね。あー チコクしちゃうよ」  子供部屋に飛び込むと、パジャマ姿のいっくんがランドセルの前にうずくまっていたよ。    あれ? 何してるのかな? 「いっくん、おはよう。もう起きたの?」 「あっ! めーくん、ごめんなしゃい」 「え? どうしてあやまるの?」 「えっと……えっとね……」  いっくんが真っ赤になって、必死に何かしゃべろうとしている。  困ったなぁ。  こういう時のいっくんは、少し時間がかかっちゃう。  今は、ちょっと。 「あー ごめん、いっくん、時間がないんだ。学校に行かないといけないから」 「あ、しょっか、しょうだよね。ご、ごめんね」 「ううん、大丈夫だよ。帰ったらちゃんと聞くね」 「……うん」  いっくんのしょんぼりした様子が気になったけど、チコクしたら大変だ。    あわててランドセルを背負って、玄関に向かった。  運動ぐつをはいていると、いっくんがトコトコやってきた。  かわいいなぁ。    弟がいるって、こんな感じなんだね。    ボクはごきげんになって、お兄ちゃんっぽく話したよ。 「いっくん、お兄ちゃん、いっぱい、勉強をしてくるよ。お友達ともたくさん遊んでくるからね」 「うん、めーくん、いってらっちゃい」 「いってくるね」  あれれ? なんだか、ちょっとさみしそうだな。  よーし、はげましてあげよう! 「かえったら、一杯遊んであげるね」 「うん! ありがとう」  ボクはいっくんに見送られて、ごきげんで出掛けたよ。  ところが、お友達がなかなか待ち合わせ場所に来なかった。  おそいなぁ、もうチコクしちゃうよ。 「芽生ー 悪い悪い」 「あ、おはよう! あれ、ほっぺた、どうしたの?」  お友達のお顔には、赤いひっかき傷があったよ。 「あー これ、弟にやられた」 「わー 大変だったね」  そうだ、お友達にはいっくんより、小さな弟がいるんだった。  たしか来年幼稚園にはいるって言っていたよ。 「痛そうだね。でも、どうして朝からケンカなんて」 「アイツさ、自分も小学校に行きたいって大暴れさ。まだ小さいのに一人前で困るんだー」 「そうなんだ」 「今日はラドセルにらくがきされて、オレもおこったのさ。ほら~ 見てくれよ」 「わぁ、おもいっきりだね」  お友達の茶色のランドセルには、赤いクレヨンでぐちゃぐちゃにらくがきされた跡があったよ。  これはケンカになりそうだ。  そっか、兄弟がいるって、たのしいこと、うれしいことばかりじゃないんだね。  ふと、子供部屋でボクのランドセルの前にしゃがんでいた、いっくんのことが気になった。  いっくんはもう5さいなのに、毎日おうちでおるすばんばかりしているの……たいくつじゃないのかな?  そういえば、いっくんがあれしたい、これしたいって言うのほとんど聞いたことないな。  急に気付いちゃった。  朝……ボク、ひどいことしちゃった。  いっくんの話をろくにきかずに、自分のことばかりだった。  ランドセルを見ていたのって、もしかして、いっくんも学校に行きたいのかな。  それに「いっぱい遊んであげる」なんて……お兄ちゃんぶって、えらそうなこと言っちゃった。 「芽生、どうした?」 「あ……ううん、ボクはまだまだなぁって……」 「?」  午後、学校から真っ直ぐ帰ると、すみれさんが焼きそばを作ってくれたよ。  いっくんはすみれさんの横でニコニコしていたよ。  良かった、大丈夫だったんだね。  でも、途中からマキくんがいっくんのやきぞばを手でつかんで振り回して、すみれさんは大忙し。  いっくんはひとりで、うつむいて待っていたよ。  やっぱり心配になっちゃった。  いっくん、無理しているんじゃないかな。  ケンカしてもいいんだよ。  そんなことで、きらわないから。 「いっくん、ご飯、食べたら遊ぼう。今日は何したい?」 「わぁ、うれしいなぁ。めーくんのすきなことしよう」 「そう? じゃあ、サッカーがいいな。お兄ちゃん、サッカーしに行きたいな」 「いいよ、じゃあ3人で一緒に公園に行こう」    公園に向かって歩きながら、また気付いちゃった。  いっくんが好きなことってなんだろう?  いつも、ボクは自分のことばかりで、ちゃんと知らないや。  公園では、お兄ちゃんが間に入ってくれたので、ボクたち、とっても上手にあそべたよ。    でもいっくんは、途中から失敗ばかり。 「あえ? いつものいっくんなら簡単に出来るのに」 「……えっと」 「がんばれ!」 「うん、いっくん、がんばる」 「二人とも、ちょっと待って」  何故かお兄ちゃんがボールを持って、遊ぶのを途中でやめちゃった。 「えー なんで? もっと遊びたいよ」 「少し休憩をしよう」 「えー」 「二人とも、水分を取ろうね」 「分かったよぅ」 「あい」  ベンチに座ると、お兄ちゃんがお茶をくれた。 「ありがとう!」  外は寒いけど、いっぱい動いて、のどがかわいていたので、おいしい。 「いっくんは、少し眠ろうか」 「う……ん」  お兄ちゃんがブランケットでいっくんを包んであげると、目を3回こすってあっという間に眠ってしまった。 「あ……そうか、いっくんは眠かったんだね」 「うん、まだ小さいから同じようには動けないんだよ、疲れちゃったんだね」  お兄ちゃんはいっくんの頭を膝にのせて、優しく背中を撫でていた。 「そっかぁ……じゃあ、やっぱり、おるすばんした方がいいのかな?」 「ん? どういう意味かな?」 「お兄ちゃん、あのね、相談なんだけど……いっくんは軽井沢では保育園に行ってたでしょ? こっちでも、行きたいんじゃないかなぁって」 「芽生くん、よくそこに気付けたね。流石僕の芽生くんだ」 「えへへ。くすぐったいよぅ」  お兄ちゃんが空いている手でボクを抱き寄せてくれた。  あ……お花のいい匂い。 「お兄ちゃんもそう思っていたの?」 「芽生くんと同じ気持ちだよ。どうにかしてあげたいね」 「そうだね。どうしたらいいのかなぁ?」 「僕はね、いっくんから行きたい気持ちを引き出してあげたいんだ」 「いっくんって、すぐガマンしちゃうんだね。ボク……なかなか気付けなくてはずかしいよ」 「そんなことないよ。こうやって気付けたじゃないか。少しずつ覚えていけばいいんだよ」  優しいお兄ちゃんの言葉にほっとした。  ボクの失敗も含めて、ボクを応援してくれるお兄ちゃんがだいすき。 「芽生くん、明日、きっと……良いことがあるよ」  冬の空をお兄ちゃんは見上げて、ニコッとしてくれたよ。 「いっくんに、いいこと、沢山ありますように」

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