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冬から春へ 72

 玲子と離婚した後、芽生と二人きりの生活がスタートした。  いきなり予期せぬシングルファザーになってしまい、最初は生活の基盤を作るのに必死だった。  芽生も俺もお互いに頑張ったよな。  ようやく芽生の父親らしい気持ちを掴めたある日、バスが発車する時刻にいつも坂を仲良く下りてくる二人のリーマンの存在に気づいた。    そのうちの一人、はにかんだ笑顔を顔を浮かべる、少し寂しげな男性に心を奪われた。  それが瑞樹だった。    今日は不思議と頻繁にあの頃の、もどかしい気持ちを思い出す。  俺の方も限界でもう入れたいと思ったが、うずうすと身悶える瑞樹の身体のラインを丁寧に撫で、愛撫することに徹した。  これは、自分と向き合うような情事だ。    君はどんな手を伸ばしても手に入らない、他の人のものだった。    そんな君をこの手で抱ける喜びを噛みしめている。  いよいよ挿入する段階になっても勢いに任せないで、優しく優しく蕩けるような愛で、ゆっくりゆっくり進んでいこう。最初の頃のように。  瑞樹を背後から抱きしめ、横向きで挿入した。   「あっ……」  いつもなら挿入後すぐにピストン運動に移るが、今日はぐっと堪える。  目を閉じて、瑞樹の中をじっくりと感じる。  瑞樹も長いまつげを伏せ、俺の形を感じているようだ。  ふたりで静かに抱き合った。  挿入したまま動かないでいると、俺のものと瑞樹の膣内がナチュラルにフィットしていくのを感じた。すごいな、蕩け合っている。 「あぁ……」  艶めかしい声に煽られ、思わず腰を動かしたくなる。  瑞樹も同じ気持ちなのだろうか、ピクピクと小刻みに震えている。  興奮がどんどん増してくる。  俺の身体も気づけば武者震いしていた。  小さく小さく喘ぐ瑞樹の口を吸い、耳元に愛を届ける。  こんなに優しいセックスは初めてだ。 「はぁ……もう駄目……宗吾さん……動いて下さい」 「あぁ、そうだな。俺ももう我慢の限界だ」  ゆっくり、ゆっくりと船を漕ぎ出すように、腰を動かした。   ****  宗吾さん。  今日はいつもと違う。  激しさよりも優しさで、僕をじわじわと攻めてくる。  今日、こんなに優しく抱かれるなんて、思いもしなかった。  菫さんたちが寝泊まりしている中で抱かれるので、とても短い逢瀬になると思ったのに違った。  戸惑いと喜び。  やがて悦びで一杯になる。    いつもなら激しさの中に僕を労る優しさを秘めているが、今日は優しさだけで、僕を包み込んでくる。  横向きで挿入する体位でつながったので、さっきから奥をずっと攻めらている。 「あっ……うっ……」  行為をしながら首筋を舐めたり、平らな胸を揉まれ、たまらない気持ち良さを感じていた。  僕は、宗吾さんから惜しみない愛を注がれている。    全身で、僕は幸せを感じていた。 「宗吾さん……宗吾さん……僕は宗吾さんが本当に好きです」 「俺も瑞樹が好き過ぎて、どうにかなりそうだ。今日は出会った頃のもどかしい気持ちを彷彿するセックスだな」 「はい……最初の1年……僕たちはよく焦れていましたよね」 「ははっ、あれは拷問だったぞ」 「あっ、すみません」 「謝らないでくれ。あの日々が俺を鍛えてくれた。今、こうやって瑞樹を隅々まで時間をかけて愛せるようになれて、幸せだ」  やがて朝。 「おはよう、瑞樹」 「ん……」 「今日は寝坊か」 「あ……おはようございます」 「お、は、よ、う」  優しいキスで起こされた。  今日、潤たちが帰ってしまう。  そのことが最初は寂しかったが、宗吾さんに昨夜、時間をかけて愛され、僕の心と身体は愛で満たされ、希望で満ちていた。  今日は笑顔で見送れる。  会いたくなったら、会いに行けばいい。  会いたい人は、この世にいるのだから。  キッチンに向かうと、菫さんが先に起きていて、朝食の支度をしていた。 「菫さん、おはようございます」 「瑞樹くん、おはよう」  昨日宗吾さんに抱かれた余韻を下腹部に感じ、照れ臭くて顔を上げられない。 「朝食は私が用意するから、大丈夫よ」 「あ……ありがとうございます」 「幸せな朝ね、お互いに」  甘くウインクされて照れ臭かったが、潤と久しぶりに会えた菫さんも心底幸せそうなので、僕まで嬉しくなった。 「兄さん、おはよう!」  そこに、潤が軽々といっくんと芽生くんを両手で抱っこして登場だ。 「お兄ちゃん、おはよう」 「みーくん、おはよう」  僕には頼もしい弟がいる。  それがまた嬉しいよ。 「潤、幸せな朝だね」 「あぁ、人が集うっていいな。今度は皆で軽井沢の新居で集まろう」 「うん、行くよ。絶対に行くよ」 「待っている」  朝食後、宗吾さんの実家へ挨拶に向かい、その足で幼稚園にも挨拶をして、軽井沢に戻るそうだ。 「めーくん、ありがとう。いっぱいあそんでくれてありがとう」 「いっくん、たのしかったよ。いっしょにくらせてうれしかったよ」 「うん、おにーちゃん、だいしゅきだよぅ」 「ボクも大好きだよ」  子供の別れは希望に満ちていた。  一晩一緒に眠って、芽生くんの心も前を向いたようだ。 「またあえるよね?」 「もちろんだよ。また会えるよ」 「きょうは、いっくん、なかないよ。だって、いっくん、うれしいもん」 「ボクも! たのしいことばかりだったから、涙は似合わないよね」  爽やかな別れ、希望に満ちた別れもある。  僕の中で、別れの定義が変化した。  さよならは、もう悲しいだけの言葉ではない。  そのことを知る朝だった。  潤はいっくんと手を繋ぎ、菫さんは槙くんをベビーカーに乗せて出発する。  同時に、芽生くんは小学校へ、僕と宗吾さんは会社へ出発だ。 「バイバイ、みんな、また会おうね!」  芽生くんの言葉がすべてを導いてくれる。  僕たちは、また会える。  

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