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 大智は自宅マンションのドアの前でふと足を止めると、脱力感からつい漏れてしまった大きなため息にガクリと項垂れた。  自ら希望したコンサルティング企業の営業部に配属されたはずなのに、現実は理想とはかなりかけ離れたものだった。今や伝説といわれる団塊世代の決まり文句『営業は足で稼げ』を地でいく企業が未だに存在し、何の因果か自身の部署で当たり前のように行われていることが信じられなかった。  ゆとり世代の真っ只中で、無自覚のままぬるま湯に浸かって生きてきた大智にとって、それはただの苦痛でしかない。入社してまだ二ヶ月だというのに、すでに『退職』という文字が脳裏にチラつき始めている自分が情けなく、そして意気地のなさにイラついていた。 (もっと根性あると思ってたんだけどな……)  そう思うのは他の同年代の者たちと比較しての持論だ。上司や先輩から言わせれば、何を考えているのか分からないただの新卒だ。  スチール製のドアハンドルを握って、もう一つの現実がそこにあることを思い出す。  一度握った手をパッと放して大智はもう一度、今度はあり得ないほど大仰なため息をついた。  大智が営業部配属初日に出会った長身でイケメンの外国人は魔王だった。  壊してしまったスマートフォンを弁償する代わりに、大智の意思などお構いなく一方的に奴隷契約を締結させられた。  初めて交わす男性とのキス。それに反応してしまったどこまでも『ゆとり』な大智の下半身。  状況に抗うことなく、なんとなく受け入れてしまうのは生まれながらの性格というより時代の流れなのだろう。  その魔王――セリオ・ラドクリフは現在、ウォーターフロントに建つ高級タワーマンションに一人で暮らしているらしいのだが……。 意を決するようにもう一度握ったドアハンドルを下ろそうとした時だった。 「大智さま? お帰りなさいませ」  手が掛けられたまま内側から動いたハンドルに、大智はビクッと肩を揺らして驚いた。 自分の部屋に入るのに、なぜ驚くことがあるのだろう。自分は堂々としていればいい。アイツらが勝手に居座っているだけのことだ。 呪文のように毎日そう自分に言い聞かせているのだが、どうやら効力はないらしい。  細く開かれたドアの隙間に見えたのは小柄な青年だった。大智よりも身長はかなり低く、一見中学生くらいに見えなくもない彼は訝るような顔で小首を傾げたまま動きを止めた。薄闇の中で光る深海のような青い大きな瞳が不安そうに揺れる。 「――ただいま」 「お仕事、お疲れ様でした。セリオ様がお待ちですよ」 「分かってるよ……もうっ」  乱暴にドアを開けて革靴を投げ飛ばすかの勢いで脱いだ大智は、ドカドカと足音を立てて廊下を進んだ。その途中で手にしてた通勤鞄を放り投げ、煩わしそうにネクタイを引き抜き、上着を脱いでは床にばら撒いていく。  そんな大智のあとを追うように、床に散らかった衣服を一つずつ丁寧に回収していく青年――クレトは言い忘れたことを思い出したかのように声を上げた。 「大智さま! ダイニングにお食事の準備が出来ていますっ」  リビングのドアを開ける寸でのところで踏みとどまった大智は肩越しに振り返ると、少し困ったような顔でクレトを見つめた。 「――俺、奴隷だよ? なんで側近のお前に食事の準備までしてもらってんの?」 「当たり前じゃないですか! セリオ様の奴隷となれば、我ら側近といえども刃向うことは出来ません。魔界ではそういったヒエラルキーが成り立っているんです」 「前々から変だなとは思ってたんだよな。奴隷って最下層だろ、ふつう……。 みんなに扱き使われて悲惨な死に方するヤツ……」 「大智さまに限っては、俗世で語られているようなことはございません。もしかして……ハイファン系のラノベとか読まれてます? 異世界転生とか……」 「いいや……」  妙にこの世界に馴染みすぎている彼は代々王家に仕える魔族で、側近とは聞こえがいいが、要するにセリオの身の回りの世話をするいわば雑用係なのだ。  そんな彼がなぜ大智の部屋にいるのかといえば、あの日以来、彼の主である魔王セリオがここに居座っているからだ。 一体どうなったらこういう展開になるのか大智には全く理解出来なかった。奴隷の家に居候する魔王なんて聞いたことがない。それ以上に、まるで家主のような振る舞いで大智に『養え』と強要する。 今までもいろんな出費を切り詰めて生活してきた大智だったが、初任給が家賃と彼らの食費で一瞬にして消え去ったことは悪夢としか言いようがなかった。 「――そこで何をごちゃごちゃと話している? 大智、帰宅の挨拶が済んでいないぞ」  お世辞でも広いとは言えないリビングから、その姿を見るまでもなく傲然たる低い声が響いてきた。 「はいはい……」  やれやれといった感じで適当な返事をした大智は乱れた栗色の髪をぐしゃりとかき上げながらリビングのドアを開けた。リビングの奥にあるダイニングキッチンからふわりと流れたスパイシーな香りに、すでに限界を迎えていた大智の腹がぐぅっと鳴った。  その腹を黙らせるようにぐっと押えこみ、二人掛けのソファに長い脚を伸ばして横たわっていているセリオのもとに近づくと「ただいま戻りました」と抑揚のない声で呟いた。  そして、わずかに緩んだ彼の薄い唇に自身の唇を重ね、日課になっている帰宅の挨拶を済ませた。  奴隷は主のために働き、逐一報告する義務がある。主の命令は絶対で、もし背くことがあれば契約の証を介して大智の体に『お仕置き』を与えるシステムになっている。  今までに何度も『お仕置き』をくらった大智は、その恐ろしさを思い出すだけで背筋が凍りついた。 「今日も遅かったな。そんなに仕事が楽しいか?」 「楽しいとか……あり得ないだろ。誰のせいで残業してるか分かってるのか?」 「誰のせい? スマホを壊したお前自身のせいだろう?」  優雅に体を起しながら灰色の瞳で大智を見据える。その視線から逃げるようにスッと目を逸らした彼は、セリオの言葉を無視するかのようにダイニングに向かうと、何も言わずにテーブルに用意されていた食事に箸をつけた。  魔界暮らしのクレトが作る料理などロクなものではないと最初はかなり警戒していた大智だったが、彼なりにこちらの世界に順応したものを作ってくれるおかげで、残業で帰宅が遅くなっても空腹は満たされ、自分で食事を作って片付ける手間だけは省けた。それだけじゃなく、部屋の掃除や洗濯、スーツのクリーニングなどもクレトがやってくれている。この状況に甘んじて、多少生活費が厳しくはあるが彼にだけは感謝している。 「――お口に合いますでしょうか?」  恐る恐るダイニングを覗き込んだクレトに「マジで美味しいよ」と大智が応えると、嬉しそうに頬を染めて小躍りしながら抱えていた衣服を脱衣室へと運んで行った。  リビングダイニングには長い沈黙が続いていた。何も言わずソファに長い脚を組んで座ったままワインを片手にテレビを見ているセリオと、黙々と食事を続ける大智の間には見えない壁があった。  セリオが身じろぐたびに大智の箸が止まり、今度はどんな無茶ブリをされるかと身を強張らせる。  口を開けば面倒な事ばかり。でも、黙ってそこにいるだけでも彼の存在感を嫌というほど感じて落ち着かない。  ちらっと盗み見ては、すぐに目を逸らす大智。それに気づいたのか、セリオが大智の方に顔を向けた。 「食事が済んだら、シャワーを浴びて来い。夜伽につき合え……」 「ぶはっ! ――ゴホッ、ゴホッ! ちょっと待て! 夜伽って……」  食べていたものをあやうく吹き出しそうになった大智は、激しく咳き込みながら涙目でセリオを睨みつけた。 「知らないのか? 無知な奴隷だ……」 「知ってるわ! なんで俺がアンタのセックスの相手しなきゃいけないんだよっ! ふざけんなっ」 「童貞ではあるまい? 顔に似合わず制服モノと巨乳が好きだとはな……。案外可愛いところもある」 「はぁ? ちょっと待て! アンタ、俺の部屋を漁ったのか?」 「ベッドの下にDVDが積んであった……。あんなものを見るくらいなら俺が相手をしてやる」  大智はグラスに注がれた水を勢いよく一気に飲み干すと、箸をテーブルに叩きつけるように置いた。 「アンタ、男だろ! 俺はノンケだ! 男とセックスする気は毛頭ないっ」 「――キスはするのに……か?」 「うぐっ!」  嘲るかのように目を細めて大智の方を睨みつけたセリオは、お気に入りだというヒョウ柄のガウンの裾をわざと開ける様に組んでいた脚を大きく広げた。  その間から顔を覗かせていたのは獰猛なヒョウ――ではなく、女性の腕ほどある長大なペニスだった。  それを大智に見せつけるように自身の手で愛おしげに先端を撫でると、薄い唇を片方だけ上げて笑った。 「さっさとシャワーを浴びて来い。楽しませてやる……」 「冗談じゃないっ! なんでアンタの……」 「奴隷――だろ?」  言いかけた大智の言葉を鋭く遮ったセリオの声には誰をも跪かせる威力があり、彼が魔王であるということを嫌というほど再認識させられる。  低く艶のあるこの声で、今まで何人の奴隷を啼かせてきたのだろう。そして、魔王の虜となった者たちは、あの恐ろしいほどの長大なペニスを体内に受け入れてもなお、愉悦に震え歓喜したのだろうか。  ノンケである大智は男性同士のセックスに魅力を感じない。だが、セリオとのキスは不思議と心と体を揺さぶられる。  先程のキスを思い出すように無意識に指先で触れた唇が、何かを求めるように微かに戦慄いた。  そんな大智を見つめていたセリオの灰色の瞳に、一瞬だけ柔らかな光が瞬いたような気がした。大智は息を呑んで、まじまじとセリオを見つめ返す。  しかし、その光はもう彼のどこにも見当たらなかった。 「――また『お仕置き』するか?」  意地悪げな笑みを浮かべたセリオはすっと立ち上がり、驚きと恐怖に目を見開いたままの大智を見据えた。  無言のまま首を横に何度も振り、これでもかというくらい自己主張した大智は「部屋で待っている」と言い残して去っていく彼の背中を見送りながら、何度目か分からない大きなため息をつきながらがっくりと項垂れた。  *****  大智が住むこの部屋には八畳ほどの部屋が二つある。一つは大智の寝室であり、もう一つは大学時代に購入した書籍や資料を置く物置代わりに使っていた。その部屋はセリオが転がり込んだ日から様相を変えた。  置いてあった書籍類は見事に片付けられ、代わりにアンティークの天蓋付きのダブルベッドが部屋の中央に置かれた。天井目一杯の高さのそれを狭いドアから一体どうやって部屋に入れたのか……。魔族である彼らにそれを聞くことは野暮であると気づいた大智は黙認するしか出来なかった。  黒いレースのカーテンに、壁に取り付けられた間接照明、フローリングの床には毛足の長い灰色の絨毯が敷かれたこの異様なインテリアの部屋がこの建物内に存在していることを誰が気付くだろう。  セリオ曰く「俺の部屋としては一億歩ほど譲歩している」と豪語しているが、ここは大智が家賃を支払っている部屋だということを忘れてはいけない。  シャワーを浴び、上下スウェットにタオルを頭に被ったままという格好でその部屋のドアを渋々ノックすると、中から低い声が返ってきた。  下腹に刻まれた奴隷の証は、その紋様の形からまるで淫紋を連想させた。それをスウェットの上からそっと撫でて大智はドアを開けた。 「遅くなりました――って、いきなりそれかよ!」  俯き加減のまま入室し、顔を上げた大智の目に飛び込んできたのは、豪奢なベッドの上で全裸で長い脚を大きく開いたままクッションに背を預けるセリオの姿だった。  ほぼ九頭身のパーフェクトボディには、どこで鍛えたらそうなるのかと思うほどバランスの良い美しい筋肉を覆い、腹筋も見事に六つに割れている。  その下半身で天井を向いて勃ち上がっているペニスは大智の視線を感じた瞬間、ぶるんと大きく跳ねた。  たっぷりとした陰嚢、予想していたものよりもはるかに綺麗で慎ましい蕾……。とても魔王のそれとは思えないパーツに、大智は不覚にもうっとりと見惚れてしまった。凶暴なのは女性の腕ほどの太さを誇るペニスぐらいだ。 「待ちかねたぞ、大智……」  気怠げに黒髪をかきあげながら手を伸ばしてベッドへと誘う魔王に、大智はぽかんと開けたままの口を閉じることさえ忘れていた。  オリエンタル系を思わせる甘い香が焚き染められた薄暗い部屋のベッドに横たわるのは闇を統べる魔王。  奴隷となった大智には彼を拒絶する術はない。生まれて二十三年、男に後ろの孔を犯されてしまう日が来ようとは誰が想像できただろう。  頭に被ったタオルに手を掛け、濡れたままの髪を乱暴に掻き上げた大智は、意を決したように一歩、また一歩とベッドへと歩み寄った。  ベッドの周囲を覆う黒いレースを跳ねあげて端の方に浅く腰掛けると、セリオの足元に膝をついた。 「――俺を抱く、のか?」  ボソリと呟いた大智に、上体を起したセリオが不思議そうな顔でわずかに首を傾けた。  シーツの上にぺたりと尻をつけたまま座る大智ににじり寄る様に近づいたセリオは、大きな手で彼の肩を抱き寄せると耳元に顔を寄せて掠れた低い声で囁いた。 「面白い事を言うな……。奴隷であるお前を抱くだと?」 「え?」 「主の糧となる精を提供するのが奴隷の仕事だ。一週間、自慰を禁じたのはお前の精をより増やすため。さあ、着ている物を脱げ。そして、俺のアナルにお前の――」 「いやだぁぁぁぁぁ!」  セリオを突き飛ばす様にしてベッドの端に飛び退いた大智は、突然突き付けられたあり得ない現実から逃れようと必死に首を振った。 (俺が魔王を抱く――だと?)  そんな腐女子が喜びそうな展開を誰が喜んでするものか!――というか、勇者になり切れない大智に出来るわけがない。  相手が可愛い制服に身を包んだ巨乳の女性であれば話は別だ。だが、相手は自分よりも長身で筋肉質の男。 「な、なんで俺が……男のケツに突っこまなきゃいけないんだ?」 「その方が精液を摂取するのに合理的だからだ」 「そういう問題じゃないだろ! じゃあ、アンタは今まで奴隷にそうさせていたということかっ? 誰が好きでもない奴とセックスするっていうんだよ……。俺は人間なんだぞ? 感情だって十分に持ち合わせてる。それを節操のない魔族と一緒にするな。セリオ……誰もがアンタと同じ物差しを持っていると思うなよ」  天蓋の支柱に背中を押し付けたまま怒りにまかせて叫んだ大智を、セリオは黙ったままじっと見つめていた。  魔族にとってはごく当たり前の行為なのかもしれない。しかし、ここは魔界ではない。  精液を糧とする種族の食事方法がセックスだなんて、誰が信じられるものか。 大智は肩を上下させて荒ぶる気持ちを抑えきれないまま、対峙するセリオを思い切り睨みつけた。 奴隷である彼に思い切り拒絶されたというのに、当のセリオは灰色の瞳を妖しく光らせながら、しなやかな手を大智の下腹に押し当てると、何かを挑むように微笑んで言った。 「――じゃあ、お前も俺と同じものになればいい」  一瞬の沈黙が寝室を支配する。しかし、その数秒後――大智の怒りが爆発した。 「ふ……ふざけるなっ!」  下腹にあったセリオの手を力任せに払いのけ、大智はピンと張りつめた空気を震わす様に声を荒らげた。 どこまで自己中心的な男なのだろう。いや、そうでなければ荒くれ者の魔族を支配する魔王など到底務まらない。分かってはいても、大智の怒りは収まらなかった。 「俺は……絶対にならない」  声を震わせながら言い、勢いよくベッドから下りようとした大智の身体が突然動かなくなったのは、その数秒後だった。 「――ん。っふあ……?」  自分の意思とは関係なく口から洩れたのは、艶めかしい吐息だった。  先程までセリオが触れていた場所が熱く、そして甘く疼き始める。淫紋にも似た奴隷の証がじわじわと温度を上げながら、大智の下半身を重怠くさせていく。 「やめ……ろっ」  四つん這いのまま顔を顰めて肩越しに振り返った大智を、膝立ちになった全裸のセリオが見下ろす。 「奴隷の分際で俺に口ごたえとは……。俺は空腹で気が立っている。早くお前の精を寄越せ」 「なっ! 何言ってんだよ……。んふ……っ」  強がっても自然と漏れてしまう吐息に口を掌で覆った大智は、力の入らなくなった体をベッドに横たえると、自身のスウェットパンツの上から力を持ち始めてしまったペニスを押えこんだ。  何もしなくても溢れ出る蜜が下着を濡らしていく。押えこんだ手が擦れるだけで背筋に甘い痺れが走り、腰がピクンと跳ねた。 「――そうやって最初から委ねれば可愛いものを」 「ちが……っ! アンタ……が、空腹とか……あり得ないだろ! クレトの飯……食ってん……だろっ」  大智の上に黒い大きな影が重なっていく。逞しい体を重ねるようにセリオが大智の顔の両脇に手を突いて見下ろした。 「あれは腹を膨らませることは出来るが、俺の力の糧にはならない。契約を結んだ奴隷の精は何よりも甘美で、俺の力の源となる。さあ、大智……いつものように俺の前でヨガって見せろ。可愛いお前の声が聞きたい」 「や、だ……っ」  セリオの手が大智のスウェットパンツのウェストにかかると、それを下着ごと一気に引き抜いた。  透明の蜜の滴を散らしながら勢いよく飛び出した大智のペニスは、つるりとした白い下腹を力強く打ち付けた。 「あぁ……んっ」  赤い紋様が刻まれた白い下腹に、つい一ヶ月前まで生えていたはずの黒々とした下生えはなかった。そこはセリオの『お仕置き』で綺麗に剃られ、二度と生えてこない呪いまで掛けられてしまっていた。  生まれたままの姿で、何かを求めて赤黒く変色しながら蜜を溢れさせるペニスを震わせる。それは酷く扇情的な光景で、大智のプライドを粉砕し羞恥心を煽るには十分な材料だった。 『お仕置き』――それは、大智が剃毛された場所を曝け出してセリオの前で行う自慰……。  一番プライベートな行為を人前に晒すという行為がどれほど恥かしい事か、大智は身を以て知った。  頭では拒んでも、大智の体を支配するのはセリオの契約の証。その部分が彼の力によって大智の理性を粉々に砕き、アラレのない姿を露呈させる。  そして今もまた、その力によって大智の理性が崩壊しつつあった。  スウェットのシャツの中に忍ばせた自身の指先が硬くなった胸の飾りを弄ると、それだけで腰が揺れてしまう。  その動きはまるでセリオを誘うように妖しくうねり、キスを求めて伸ばされた舌先からも唾液が滴った。 「可愛い俺の奴隷……。愉悦に震えるお前は甘くいい香りがする」 「やらぁ……。らめ……らって、言って……る……らろぅ。はぁ……はぁ……っ」  白いシーツにまだ湿った栗色の髪を散らした大智は、呂律が回らなくなりながらも、わずかに残った理性でセリオに抗った。しかし、うっとりと目を細め、鋭い牙を剥き出したセリオの色香にすっかりと呑み込まれた大智はあっさりとその理性を手放した。  セリオの長い爪が煩わしいと言わんばかりに、胸元まで捲りあげられたスウェットシャツを引き裂いていく。  そのままの勢いで大智の肌に爪を立てるかと思いきや、絶妙な力加減でぷっくりと膨らんだ乳首を弾くと、堪えていた声が次々と口から零れはじめる。  今まで大智の自慰をただ見ているだけだったセリオが、初めて『食事』に手を出した瞬間だった。 「ふぁぁぁっ」  声と共にペニスの先端から溢れた透明の蜜が糸を引きながら下腹を濡らしていく。その匂いが堪らないと言わんばかりにセリオは体を大智の足元へずらすと、ヒクヒクと頭を擡げるペニスに手を添えて赤い舌先を伸ばした。 「ん……っふ!」 「これほど甘い蜜を生む人間がいようとは……。お前を手放すことは出来んな……」  小ぶりな大智のペニスを愛おしそうに撫でながら、次々と溢れる蜜を舌で掬っては飲み込んでいく。セリオの男らしい喉仏が上下に動くたびに、大智はその姿から目が離せなくなった。  時折、意地悪く硬い牙の先を鈴口に押し当てる。その度に背中を弓のように反らしてセリオの髪に指先を埋めた。  自分の主である魔王に口淫される奴隷。それはあくまで『食事』でしかない。  そこに愛情も慈しみもない。そう理解しているはずなのに、大智の心は揺れ動いていた。  自身はノンケで、男性に恋愛感情を抱くことはあり得ない。それなのに――セリオに対してだけは違った。  奴隷の大智を傷付けることなく、どこまでも優しく労わる。額に浮かんだ汗を手でそっと拭いながら「お前は可愛いな」と何度も耳元で囁く。 その度に魔力のせいで乱れているはずの身体に自身の意思がシンクロする。 このまま彼の手の中に堕ちても構わない。一生、性奴隷として彼に精液を与えたい――そう思うようになっていた。絶対的な支配力を持つ魔王――そういう思考にさせるのも彼の力なのかもしれない。 しかし大智は、男である彼と肌を重ねることが心地よいものであるということを知ってしまった。 正確には、男と……ではない。相手がセリオだからそう思うのかもしれない。 顔を合わせればお互い憎まれ口しか叩かない。何かにつけて大智の弱みに付け込み、奴隷扱いするセリオが心底嫌いだった。 彼の口淫に喘ぎながら涙を流している今だってその気持ちは変わらない――でも。 「――どうして泣いている?」  大智の涙が頬を流れ落ちた時、セリオは咥えていたペニスから顔を上げ、綺麗に整えられた眉をキュッときつく寄せた。  唇を噛んだまま顔を背けた大智に、セリオは動きを止めて不安げな眼差しでじっと彼を見つめた。 「気持ちよくないのか? 大智……お前の声を聞かせてくれ」 「――るさ、い。さっさと……しろっ」 「大智……?」 「奴隷に気ぃ遣うとか……。魔王として、ありえない……だろ! そういう中途半端な……の、ホントに……ムカつく!」  いっそのこと滅茶苦茶に犯してほしかった。そうすればもっと嫌いになれたかもしれない。  セリオの力を以てすれば、勃起した大智のペニスに自身の後孔を押し当てて逆に犯すことだって出来たはずだ。でも、それをしないのはセリオが奴隷である大智を大切にしているから。  人間、誰だって人に優しくされれば嫌でも情が湧く。ウザいだけの同居人であったはずのセリオの存在が、大智の中で変化しつつあった。 「糧となる精を生む奴隷は俺にとって命といっても過言ではない。無理やり犯したのでは味も質も落ちる。出来れば苦痛を与えたくないだけだ……。お前だって、その方がいいだろう? 俺に身を委ねることで極上の快楽を得られるのだから……」  体をずらし大智の顔の横に手をついたセリオは、背けたままの大智の頬に何度も口付けると、今まで以上に低く甘い声で囁いた。 「――こういう時は何と言えばいい?」 「知るかっ」  セリオの声に下腹部がズクリと疼く。腿を擦り合わせながらなおも虚勢を張り続ける大智に、セリオは小さく吐息して耳朶にやんわりと歯を立てた。 「機嫌を直せ……大智」 「今日は不味い精液しか出てこないかもな……」 「――それでも構わない。お前の精を飲ませてくれないか?」  耳朶から首筋に移動しながら触れる唇がチリリと痛みを伴う。相手を悦ばせる術を心得ている百戦錬磨の魔王がなぜ、奴隷である大智に甘えるのか。それは『食事』を自身に繋ぎとめておくための手段。  ヒートアップした体が徐々に冷えていくのが分かる。そのおかげで思考も落ち着きを取り戻し、自身が一瞬セリオにあってはならない感情を抱いたことを完全否定する。 「大智……」  いつ射精してもおかしくないほどに膨らんでいたペニスが心なしか力を失い、下腹にその砲身を横たえた時、大智の鎖骨に唇を押し当てたセリオが掠れた声で言った。 「――している」  その言葉に息を呑んだまま動けなくなった大智は大きく目を見開いた。目尻に溜まっていた涙が一筋頬を伝い、同時にポカンと開いたままの口から艶めかしい吐息と共に力ない喘ぎが漏れた。 「ふ……あぁぁぁっ」  腰の奥でわだかまっていた熱が隘路を一気に駆け上がり、ぐったりとしていた大智のペニスがムクリと頭を擡げた瞬間大きく弾けた。  熱を帯びた白濁が下腹を汚すように勢いよく飛び散る。青い匂いが立ち込め、大智はシーツに爪を立てたまま、しばらくの間自身に何が起きたのか理解できずにいた。 「――あぁ、いい香りだ」  滅多に手に入らない美酒を目の前にしたような感嘆の声がセリオの唇から洩れた。喜びを隠しきれない笑みを浮かべながら大智の下肢に端正な顔を埋めると、一週間溜め込んだ濃厚な精液を貪るように口に含んだ。  一滴も零すのが惜しいと言わんばかりに、大智の茎を喉奥にまで咥え、絞り出す様に吸引しながら嚥下するセリオの恍惚とした表情を視線の端に捉えた大智は、信じられない気持ちで彼を見つめていた。  下腹に散った精液も丁寧に舐めとり、綺麗な弧を描く唇についた残滓を舌で掬いながら、セリオは満足げに放心状態の大智を見下ろした。  先程から腿に触れている彼の長大なペニスがまた更に熱く大きくなったような気がして、大智は忘れかけていた呼吸に喉を詰まらせて何度かむせ返った。 「濃厚で芳醇な香り……。お前の精は俺を狂わせる」  灰色の瞳に妖しい光を宿したセリオが艶を帯びた表情で囁くと、大智は強烈な睡魔に襲われた。  目の前にいる彼に言いたいこと、聞きたいことがたくさんある。それなのに思考が定まらず、目も開けていられない。 「ねむ……い」  そう口にするのが精一杯で、大量の精を吐き出し終えた今、気怠い体を動かそうという気力は大智にはもう残ってはいなかった。 「――ここで眠るがいい。奴隷であるお前だけにこのベッドを使うことを許してやる」  ヒョウ柄のガウンを素肌に羽織りながら、大智の頬にそっと手を添えたセリオはわずかに開かれたままの唇に自身の唇をそっと押し当てた。  その心地よさに、大智の長い睫毛が小刻みに揺れた。 「セリオ……」  口内をわずかに震わせた大智の声はセリオの舌に絡め取られたまま、意識と共に静寂の闇の中に沈んでいった。

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