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第1話 オメガの宣言

 菅原(すがわら)(りつ)と弟の(れつ)の両親はこの世界の中で圧倒的多数を占めるベータだ。  そんな両親から生まれた双子の赤ん坊が第二次性徴を終え、ホルモンバランスが安定した前提で行われたバース検査の結果はひどく両親を困惑させたし、オメガだと言われた双子に対する態度を変えさせた。  アルファ。ベータ。そしてオメガ。  その言葉の並び順と同じく、実社会でのヒエラルキーもアルファ、ベータ、オメガの順だとされている。  オメガには発情期があり、その際に無意識で発せられるフェロモンに抗える未婚のアルファはいない。オメガは自身の身体を以って頂点を誘惑し、寵愛されベータを蹴落とす存在、淫乱で狡猾な悪魔……などと昔は言われたものだそうだ。  しかしながらオメガは淫乱で狡猾な悪魔などではないのが実状だった。  思春期の性と同じく、ホルモンバランスに左右される発情期をオメガとして覚醒したばかりの者はコントロールしきれない。その為に起きてしまった痛ましい事件を繰り返さない為、前途あるアルファの若者を犯罪者にしない為、(いわ)れなき差別からオメガを守る為、長い年月をかけ研究、開発されたのがアルファ用抑制剤、オメガ用抑制剤、緊急避妊薬とネックガードだ。  アルファ用の抑制剤は発情期を予期できなかったオメガに遭遇してしまった場合に使用し、極度の興奮状態から精神及び肉体を強制的に醒ましてくれる。  オメガ用抑制剤は、発情期に入る気配――微熱、だるさ、風邪に似た症状――を感じたら服用すると、望んでもいないのにフェロモンをまき散らさずにすむ。  ネックガードに関しては近年の科学技術の進歩の結果、どれだけ興奮し支配欲が最高潮に達したアルファの犬歯だろうとも通さない頑丈な特殊繊維の開発に成功したわけだが、何故か無関係のはずのベータの一部から差別を助長するとして反対運動が起きた。突然の発情期にアルファに犯されれば、オメガであれば男性でも孕む。その際に頸を噛まれてしまえば、(つがい)となってしまう。  番となってしまえば毎月やってくる発情期が三ヶ月に一回となり、なおかつパートナーのアルファにしかフェロモンを感じ取られる事もなくなる。  賛成だ、反対だと徐々に大きくなってきた世間の声に答えるように、一人の有名な女優が声を上げた。 「最高だわ。これであのフェロモンと金だけのヒヒジジイに噛まれる事だけはなくなったわ! あとは強制発情薬に気を付けて。ピルは持っててもアルファの良いようにされるのはごめんだし、アルファに取り入る為の誰かさん達の貢物にされるのも趣味じゃないの。自分の事は自分で決めるわ。明日着るドレスの色もデザインも、誰を愛するかも、私が決めるわ! 私は……私達はオメガである前に人間だもの」    あまりの美貌と成功、そして才能に、誰もがアルファだと思っていた彼女は大きく胸元の開いた真紅のドレスを身に纏い、首元には話題の渦中のネックガードが煌びやかに装飾され、彼女の白い頸を守っていた。  彼女の発言はあっという間に世界中を駆け巡り、多くのオメガが引け目を感じる事なく、自らが選びネックガードを身に付けるようになった。  そう、人間なのだ。  オメガである前に、等しく人間なのだ。

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