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 恋人? います。  いるけど、「どんな人?」っていうのは、職業? 性格? それともぼくと彼との相性が知りたいのかな。  小説を書いている人。自称「いくつになっても恋ばかりしている恋愛小説家」なんだって。ぼくよりも二十歳以上年上。髭がね、なかなか似合ってる。髪はグレイ。万年運動不足だからって、週に何回かはジムに行ってるみたい。軽いメニューしかやらないらしいけど、もしかしたらこんなふうにタバコを喫って、毎日のようにアルコールをあおって、ロクに運動もしないぼくのほうがうんと不健康なのかもしれない。  知り合って、一年ぐらい経つのかな。  その頃ぼくがモデルをしていた絵描きさんが彼の友人で、あともう少しでその日のノルマが終わって、そろそろ絵も仕上がるって時にたまたま彼がアトリエにやってきて。その時のぼくの恰好、笑うよ? ヌードカラーのベッドパッドに同じような色のケット。それに裸でくるまってるだけ。絵の先生は奥さんもいるしもういいトシしたオジサンだったけど、今、ここに誰かが入ってきたら間違いなく勘違いするでしょ? ってポーズを要求されてた。先生のベッドはよく晴れた日の草原みたいに寝心地が良くて、その日はぼくもちょっと疲れていたから本当に眠ってしまいそうで。その時になぜか突然、数年ぶりに彼が尋ねてきて、アトリエへ足を踏み入れた瞬間、カミナリでも落ちたのかと思うような大きな音がして、そこらへんに紫色が飛び散った。彼がどうも、手土産に持ってきたワインの瓶を落として盛大に割っちゃったみたい。ぼくはウトウトしかけていて彼が来たことすら気づいてなかったから、その大きな音にびっくりしたなんてもんじゃなくて。一瞬で完全に目が覚めて、ケットを頭からすっぽりとかぶって一秒でも早くカミナリがおさまるのを天に祈ってた。  彼が言うには、ベッドで眠っている(ように見えただけ。ちゃんと起きてたよ)ぼくに気を取られて、何かが手に当たったのに気づかなかったんだって。「あのワインは少々、値が張るシロモノだったのにな」って後になって悔しがってた。おかげで当然、絵も中断になっちゃって、先生もさぞかし怒り心頭……と思いきや、そこら中に飛び散ったワインのしぶきの痕を見ながら、「おまえ、アクションペインティングのセンスがあるんじゃないか」って彼に向かって笑って。そしたら彼も「なるほど。こんなきっかけで才能は発見されるのかもな。けど、僕が握るのは絵筆じゃなくてペンとアレだけだから」って。おかしくてさ。目の前にいるこのおっさんたちはいったい、何を言ってんだろって。  結局その日は、彼のオゴリでとびきり美味しいディナーにありつくことができた。すっかりぼくに夢中になってくれた彼は、アパートまで送るからってきかなくて。あわよくばそのまま部屋に上がり込もうと考えたのかもしれないけど、残念ながらぼくは見た目ほど軽くはない。ま、そうは言いつつ、結局絵が仕上がるまで毎週のように彼はアトリエにやってきて――しかも必ずといっていいほどバラの花とか、ちょっとしたプレゼントを持って――終わったら一緒に食事をして。ある時、先生の都合が悪くなって、ふたりだけで食事をしながらいろんな話をした。今日みたいに、さっきまで降ってた雨の匂いがまだうっすらと葉先に残っているような夜で、細かいことはよく覚えていないけど、腹を抱えて笑うほど楽しくて、少しだけしんみりして。その夜初めて、彼の家の天蓋付きの大きなベッドで眠った。「こんな天蓋、まるでマリー・アントワネットだね」って笑ったら、「悪趣味だと思うかい? でもこれがなかなか想像力を刺激してくれるんだよ。特にきみみたいな美しい男性が隣にいるとね」って片目を閉じた。社会的にも立派でいいトシした大人なのに、「次に逢う約束がはっきりしないと、夜も眠れないんだ」ってオロオロしたりして。そんなところが妙に可愛くて、つい意地悪したくなっちゃう。  今度、ふたりで旅行に出かける。元気なうちにあちこち出かけて思い出を作っておきたいなんて彼は言うけど、ぼくは結構記憶力が良くて、彼と出会ってから今までのことだってだいたい覚えてる。特別なことがない日にも、素敵なことはいっぱいあるから。それに、「元気なうちに」とか口にする人って案外長生きするよね? まぁそうなってもらわないとぼくが困っちゃうんだけど。 end

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