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if エピローグ

桜咲く3月――。 その日、俺は高校の卒業式を迎えていた。 興味のない式典に嫌々ながら参加し、卒業証書の筒やら教室に置いていた荷物やらを抱えて校舎を出ると、そこは別れを惜しむやつらの人だかりだった。 (面倒くせえな……) 正直俺は、感傷に浸ることに心地よさを覚えるタイプじゃない。 付き合いを続けたい相手とは連絡できる状態にあるし、そうじゃない相手のことはわりとどうでもよかった。 その気のあるやつは向こうから連絡してくるだろうし。 だから重い荷物を抱えている今日は、サクッと帰りたい。 けどまあ月形とはなんだかんだで普段から一緒に帰る仲で。 あいつを置いて黙って帰るとむくれられるだろう。 っていうか、卒業までよく付き合ってたな俺たちは。 2年で転校してきた頃には想像もつかなかった事態なんだけど……。 そうそう、俺はあれから都内の適当な大学、といっても一応第一志望のところへの入学が決まり。 月形のやつはなんでか海外の大学へ進学するようだった。 俺を置いていくってどういうことだよ。 あいつの方が俺に惚れてたんじゃなかったのか? ……という恨み言は小言程度には伝えたけれど、休みは帰ってくるし4年なんてきっとあっと言う間だと言われた。 実際どうなんだか。4年も先のことなんて分かんねえ。 それはいいとして、いやよくないけど、あいつはどこ行ったんだ。 昇降口前の人だかりに目を凝らしていると、人の輪を抜け出し、こっちへ駆けてくる月形を見つけた。 「泉くん!」 「あー、いた、月形……」 普通に返してから、俺は我が目を疑って二度見する。 「お前それ!」 月形のブレザーのボタンが全部なくなっていて、シャツのボタンまで2つか3つしか残っていなかった。 卒業式に憧れの先輩のボタンをもらうなんていう風習が、この辺には未だに残っていたらしい。 つーかやめろ、めちゃくちゃ肌が見えてるじゃないか。 思わず腕を引っ張り、月形の体を他のやつらの視線から隠した。 「お前なー、それで帰る気かよ?」 「まあ、卒業式だしいいかなって」 「よくないだろ……」 こんな華奢な男がその格好で外を歩いていたら、強姦でもされたんじゃないかと心配される。 俺は自分の上着を月形に着せ、こいつにボタンをねだったであろう奴らを睨んだ。 念のため言っておくが、ここは男子校だからな。 かわいい後輩女子のおねだりとかじゃないからな。 ほんと勘弁しろ。 そんな中、月形は「やった、泉くんの制服!」とか言って俺のブレザーの匂いを嗅いで喜んでいた。 それもやめろ……。 とにかく俺は、月形を悪魔たちから引き剥がすようにして校門を出る。 こいつ自身がその悪魔の親玉だという気もするが、今そのことは置いておく。 「とりあえずお前んちまで送る」 「え、今日は泉くんちに行く!」 月形がそう言う気はしていた。 別れを惜しむ必要があるなら、それはまず俺とこいつの間でのことだろう。 気持ち的には複雑だが。 「分かった、うちで着替え貸す」 俺はそれだけ言って、月形をマンションまで引っ張っていった。 「えーと、この辺の適当に着て帰れよ」 寝室のクローゼットから無難なシャツを引っ張り出して渡すと、月形はそれを見てつまらなそうな顔をした。 「まだ帰んない」 「まだ帰らないにしても着替えたらいいだろ」 「…………」 「俺としてもそれ、目の毒だし」 ボタンのないシャツから覗いた胸元を、俺は目で示す。 すると月形は貸していた俺のブレザーを脱ぎ、ボタンのないシャツも脱ぎ……。 今渡したシャツを着るのかと思ったら、つるりとした胸に俺の右手を引き寄せた。 「毒を食らわば皿までって言葉、知ってるよね?」 「は?」 少し考えて、俺はつかまれていた右手を月形の体から剥がす。 「毒は食ってないよな、俺はまだ……」 「1年半も付き合って、それはない」 「…………。そうかよ、お前の要求は分かった」 冷静なつもりでも、返す声が我ながら硬かった。 一方の月形は、トレードマークの眼鏡を外して横に置く。 「僕は卒業までって思ってすごい待った」 「けど芥川賞はいいのかよ?」 「その時はまたしてあげる。それに泉くんは、もう僕の心の芥川賞は獲ってるから」 「なんだぞれ……」 話が分からずにいると、月形は開けたままのドアの外、玄関の方を目で示す。 そこには出版社から送られてきた、俺の新作の見本誌がそのまま箱で置かれていて……。 「……えっ、あれ読んだのか?」 「一昨日発売だよ」 「だから早いだろ」 「金曜にフラゲした」 そういうことか。 あれは先週土曜日の発売で、土日月形に会わなかったから俺は知らなかったが、こいつはさっそく読んでいたらしい。 「買わなくても、言えばそこにあるのをやったのに」 「待てません」 「せっかちだな」 「僕はずいぶん前から待ってたんだよ」 違う意味でも待てないらしく、月形の腕が俺の首元に回ってきた。 「おい?」 そのままベッドの枕元まで引きずられる。 「泉くんの書くものが好き」 滑らかな肌が密着してきて、俺はにわかに慌てた。 「嬉しいけど、それとこれとは違くないか?」 「読みながら、僕はキミの魂を愛しいと思った」 「なんだその口説き文句は……!」 ほんとに嬉しいけれど、それよりめちゃくちゃ気恥ずかしい。 そんな俺に、月形は真剣に言ってきた。 「魂に触れるには、体で触れ合うのが一番手っ取り早いと思う」 「メルロ=ポンティか何かか!」 「それ、名前しか知らない」 「フランスの哲学者。体で感じることを重視してる」 「あとでググる。それより今はキミを知りたい」 言い合ううちに、シャツも下も脱がされる。 その手つきは性急だ。 「ちょっと待てー! 心の準備!」 「僕の心は準備万端なんだけどな」 月形が余裕たっぷりに笑って俺の上に跨がった。 えーっとこれはどういう状況だ!? 上に乗られるとこいつの好きにされそうで恐い。 ただでさえ俺は押され気味なんだから。 「……落ち着こうか歩。お前は下、俺が上な?」 あえて下の名前で呼んでみたら、月形は大人しく俺の指示に従った。 そして着たままだったスラックスと下着をまとめて脱ぎ捨てる。 白い靴下だけ履いているのが、なんとも扇情的で困った。 っていうか尻、腰のくびれ。相変わらず細いな! 思わず腰をつかむと、月形は素直に尻をこちらへ向けてくる。 入れる穴はちょっとまだ、まじまじとは見られない。 「見てるだけじゃないよね? そっちの方が恥ずかしい」 月形が振り返り、顔を赤くして言った。 「……悪い」 」 俺は細い腰を引き寄せ、そこから美しく伸びた背骨の上に口づけした。 「んっ……」 口づけた背中がびくんと震える。 月形の肌の香りが鼻に届く。 まだ3月だっていうのに、つかんだ腰が汗ばんでいた。 それとも汗をかいているのは、俺の手のひらの方だろうか。 薄い肌の下の骨格と、呼吸に合わせて揺れる体の躍動を感じる。 「月形……」 ようやく腹が据わってきて、こいつのことを欲しいと思った。 背中から覆い被さるようにして、ほっそりとしたうなじにもキスをする。 「んんっ」 月形が身をよじると、襟足の毛が鼻先をかすめてくすぐったい。 「月形、こっち向け」 「うん」 彼は右肩をシーツに落とし、上半身をひねって俺を見た。 上気した頬、わずかに開いた唇の色に吸い寄せられる。 顔を寄せ、その唇をゆっくり吸った。 月形の伏せたまつげが小刻みに震える。 「泉くん、好き」 「俺も好きだ」 「離れても、忘れられないようにして」 「離れたらすぐ忘れんのかよ?」 「体でもちゃんと覚えておきたい」 片腕でつかんだままだった細い腰に、俺は硬くなったものを押しつける。 自分のぬめりを利用しても簡単には入りそうにないなと予感した。 なぜ何も用意していなかったのかと、心の中で自分をののしる。 っていうか月形が、ここのところそんな気配をみじんも感じさせなかったせいだ。 まあ俺も受験と仕事の原稿とで忙しかったんだから仕方ない。 月形も一時期は海外に行っていたし。 しかしどうする? 家の中で代わりになるものをと頭をフル回転させていた時、月形が枕元から何かを取り出した。 「……え」 「持ってきた」 「いつ?」 「今日」 「いつの間に……」 チューブ入りのローションだった。 「心の準備ってのはそれか」 「体の準備も、一応」 こいつは脚の間に手を伸ばし、指先にたっぷり取ったローションを塗る。 さっきまで注視できなかったそこに目が吸い寄せられる。 きゅっと締まった窄まりに指先がもぐっていき、次の瞬間には生々しい粘膜がめくれ上がって見えた。 見てはいけないものを見た気がして、胸の鼓動が速くなる。 「たぶん入る」 月形がわずかにうわずった声で宣言した。 「なんでそう言える?」 「それは……泉くんとしたくて、1人で練習したから」 「練習……」 このクソ忙しい時期に何をしていたのか。 自らの寝床でそれに励む月形を思い描き、甘美な目眩を感じた。 「お前、本当に可愛いな……」 濡れてヒクヒクとうごめくそこも正直可愛い。 恐いのと触れたいのと、後者が勝って俺はそこを利き手の親指でなぞった。 「あっ……」 月形が甘い声を出す。 意外にやわらかく、親指の先が沈み込んだ。 あとは本能に導かれるままに進んだ。 親指を抜いて人差し指と中指で中を確認し、いけると思った時にはもうねじ込んでいた。 月形は体を小刻みに震わせて、泣くような声を出す。 「んんっ、いずみくん」 「月形……」 背中越しに抱きしめるようにして中を擦り上げる。 っていうか腰が勝手に動く。 こんな細い腰に入るスペースがあるのかどうかと思ったが、そこはちゃんと俺を包み込み、内側への愛撫に応えてくれていた。 そして何より、息を乱して喘ぐこいつの姿がたまらない。 こんな姿見せられたら、どうやったって理性が振り切れるだろう。 なんで後ろから入れたのか。顔を見たいと思った。 けどいま体勢を変える余裕がない。 「うう、あっ、ひっ、いずみくん……!」 「それ、痛いのか、気持ちいいのか」 思わず聞いたが、痛いと言われてもやめる自信なんかなかった。 「ああんっ、分かんない、けど好き!」 月形の答えに胸を鷲づかみにされる。 「なんだよそれ……!」 「好きだって言ってる!」 「俺のこれが?」 「全部、嬉しい、全部好き!」 だいぶ思考が乱れている。 こんな部長の姿、やばいだろ、絶対誰にも見せられない。 「お前、俺以外と寝るなよ?」 思わずそんな独占欲丸出しなことを言うと、月形がこっちを振り向き俺を睨んだ。 「それ僕のセリフ!」 「は?」 「泉くんはゲイじゃないでしょ! 女子もいる大学に行かせるの、すごい不安!」 びっくりして腰の動きが止まる。 そんなこと、いま初めて言われた。 「お前……じゃあなんで海外になんか行くんだよ?」 「それはさあ……」 体は繋がったまま、月形は俺に向き直ろうとする。 眉根を寄せ、上目遣いに見てくる赤い顔が可愛かった。 「冷泉羽矢斗の文学を、海外に売っていきたいと思ったから! 最先端のマーケティングを勉強する必要がある!」 「……マジかよ……」 こいつの考えていることがいまいち分からなかったけれど、今ようやく理解できた。 どうも俺は、作品ごとこいつに惚れられているらしい。 俺は一旦月形から体を離し、広くもないベッドの上で距離を取った。 「な、なに……!?」 月形が困惑した顔を近づけてくる。 「だってお前……そんな健気なことされたらさあ!」 「あれっ、もしかして照れてる?」 「照れるっていうか、普通に惚れ直すだろうが!」 本音で言い返すと、月形はニンマリ笑って俺の上に乗ってくる。 「だから乗るなって!」 「照れてる泉くんを観察したい」 「やけに嬉しそうだな!?」 「そりゃあね、今テンション上がってるから!」 それからいろんな意味での卒業を終えた俺たちがどうなったのか。 たぶん想像通りなんだけど。 初めての夜がめちゃくちゃ大変だったことは言い添えておく。 -了-

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