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初めてのフェラと下心

 ガスは解約するときに立ち会って最後の支払いをすることになっている。絶対に豪がやってこないはずの平日の昼間を指定して、引っ越しそのものも同じようにした。  下見の時に、今まで利用していたのと同じ銀行の支店が通勤経路にあり、貴重品だけ先にそちらに移して、これでいつでも業者に入ってもらえる。  帰宅する度に、自然と豪の名残を探してさまよう視線。灰皿代わりにするなって言っても聞かなくて、空き缶から吸い殻を出して綺麗にしてから資源ゴミに出していた。  大抵はベッドを背もたれにして、見てるのかどうなのか怪しい表情で、点けっぱなしのテレビ画面を眺めていたっけ。  さよなら、豪。  もしもまた会うことがあったとしても、それはきっと同窓会とか、人が大勢居る場所で。この部屋でふたりになることは、もうない。  まだもうしばらくはここにいるけど、平日にあいつはこないから。どこか残念なようなほっとするような複雑なもやもやを抱えたまま、俺はひとりの夜を過ごす。  ボストンバッグの中には、数日分の着替えと最低限必要な日用品がスタンバイ。週末になったら、クロゼットに入れっぱなしの客用布団セットを車のトランクに詰め込んで、新しい赴任先に向かおう。  だからそう、少しだけ……もう少しだけ。お前のことを想いながら、目を閉じて横たわっていてもいいよな。  俺が就職して、まだ本社で研修を受けている頃だった。勿論残業もなく定時退社で、同じように就職した仲間は勿論、豪も一緒に週末に居酒屋に行ったりしてわいわい楽しんでいた。  少しだけ慣れた職場の愚痴を言い合ったり、学生の時に付き合っていた誰それが別れただとか、美人の先輩が気になっていてとか、そんな話で盛り上がって。  その後に豪が俺の部屋に泊まっていくのも、まるで当然みたいになっていた。  シャワーで済ませることが多かったけど、ふたりの日は湯を貯めて浸かるのも楽しみで、その日も湯船を洗って湯張りボタンを押した。豪は部屋でまだ飲んでいたから、貯めている間に体を洗おうと服を脱ぐ。丁度頭も体も洗い終えた頃、いきなり浴室のドアが開いた。 「俺も入ろっと」  素っ裸の豪が、後ろ手に折れ戸を閉める。 「な、なんで今なんだよっ。ちょっと待てば出るのに」  まだ日焼けしていない白い肌が艶めかしくて、見ただけで勃起しそうな視覚的暴力から逃れようと、背中を向けたまま立ち上がった。湯船に浸かりたかったのに、これじゃ今すぐ出ないと危ない。  どうして俺と体だけの繋がりを続けているのか判っていても、たやすく豪の裸体にノックアウトされてしまう事実は隠しておきたかった。 「一緒に入ろうぜ」  手首を掴んで、豪が引き留める。 「だって、狭いし」 「もう洗って済んでるなら、中入ればいいじゃん。足曲げたらふたりとも浸かれるだろ」 「せまっ」  嫌そうな顔を作って、どうにか外に出たかったのに、ひょいと覗き込んできた豪の視線が股間を捉えて、口の端が上がった。 「琉真」  溜まってんの? と事も無げに言って、腕を引いて俺を誘導する。恥ずかしくて俯いたまま、促されて浴槽の縁に腰を下ろした。  自力で上向くくらいに芯の入っている竿をじっと見たまま、豪が俺の足を開かせて膝を突く。  指先を添えて裏筋をねっとりと舐め上げる長い舌。上目で見上げてくる視線が俺の目線とかち合って、あまりのエロさに釘付けになった。  誘うのはいつも豪だったけど、フェラをされたのは初めてのことだった。ベッド以外の場所でエロい雰囲気になったのも。  口に含んで飴玉のようにしゃぶられたかと思えば、竿の根本を掻きながらその先端にキスをして、カリに唇を引っかけてはちゅぽんと音を立てて出してみせる。明らかに俺に見せるためにやっている仕草と表情が、あっと言う間に最大形状に仕立て上げる。 「ぅ、く……ご、う……いく」  中に欲しい豪のために精一杯我慢して、頭に手を載せて制止しようとすると、驚いたことに豪は首を振った。一旦口を離して手だけでシゴきながら、 「いいよ。一回イけよ」  と言ってまた先端を咥えた。  まさか、と思いながらも、スピードを上げた手と首の動きに負けて、呆気なく放出してしまう。  はあはあと息を弾ませている俺の前で、鈴口に残ったものまで丁寧に舐めとって、豪の綺麗な喉仏が動くのが見えた。 「ごう」  感動なんてもんじゃなかった。  やっぱり俺のこと好きなんじゃないのって、何度も心の中で叫んでは、動悸の治まらない体で、豪が汗を流すのを手伝ってからベッドへと移動した。  感極まって、興奮したままに、雄の本性剥き出しで、少し味の残る咥内をむさぼりながら、何度も穿っては中に出した。  そうして、ぐったりと余韻に浸っている俺を放って、いつも通りしばらくトイレに籠もった豪が出てきて。 「実はさ、琉真」  両の手の平を合わせて、やや俯いて下から見上げる端正な顔は、明らかにおねだりポーズで。 「走行会でちょっとリップ乗り上げちゃって。で、あれな、作り直すのに金が掛かるんだけどさ、バイト代だけじゃ足りなくて」  豪の乗っている国産スポーツカーは、ショップオリジナルのカーボンスポイラーを付けている。破損してやり直すなら、何万も掛かるのは当然だ。  やっぱり下心があったんだな、と納得すると共に、苦笑が漏れた。  そんなことしなくても、最初から素直に言えばいいのに。見返りがないと出してもらえないと見くびられているのが悲しかった。  気を付けろよとか説教くらいはするかもしれないけど、趣味とはいえ事故でそうなったのなら、出し渋ったりなんかしないのに。一般の人から見れば、リップスポイラーはなくてもいいもので、壊れたなら付けずに走ればいいじゃないかって感覚でも、豪にとってはなくてはならないものだ。それくらいちゃんと理解してるから。 「いくら?」  精一杯いつも通りを装って出した声は、語尾が少しだけ震えてしまっていた。  ――思い出したら、ちょっとムカッときた。  でもこれでいいのかもしれない。傍にいたくない理由を無理に捻りだしているつもりはないけど、どうにかして愛想を尽かしたい。  その後も、なんだかんだと数万円ずつの借金を無心されては、溜息を吐きつつも渡してしまっていた。返済なんて期待していない。その時点で、売春めいた金銭のやり取りにがっかりしていたし、あいつが自分の体で稼いでいるだけだと変な方向に割り切れば、他の誰かとされるよりもマシだとすら考えていた。  そんなの、本当は豪のためにならないって解ってる。  自分で稼いだ分相応のチューンナップをして、金がないならそれなりの楽しみ方をすればいい。そうやって幾度か諭しても何処吹く風のあいつに、心を鬼にして貸さなきゃいい。  だけど、俺という金蔓がなくなったあいつが、それで諦めずに他の誰かに頼るのが許せなかった。  セックスもそうだ。金が絡むようになって、それは別の理由を付けてねだられるものではあっても、結局は同じことで。  金だけでも貸してくれるやつはいるだろう。あいつが侍らせている女たちが、喜んで差し出すだろう。そうは推測しても、もしも俺以外の男と寝ていたらなんて考えたら、脳味噌が沸騰しそうになる。  もう、それもやめにしよう。  この間見かけたように、あいつに節操とか求めるのが間違ってる。それが許せないとか言う権利は俺にはないし、だったら見えないように、気付かないように距離を取るしかない。  もう誰も好きになれないかもしれない。初恋が幼なじみでしかも同性で。それに気付いてさっさと諦めることが出来れば良かったのに、引きずり続けて。  中学の卒業式で、終わるはずだった。  気持ち悪い、無理って蔑んでくれれば、お前のことなんて嫌いになれたかもしれないのに。  セックスしようって、連れのままの顔をして体で俺を繋ぎ留めて。  いや、離れられなかったのは、離さなかったのは、俺か。ちょっとだけでも特別な関係でいたかったのは、他ならぬ俺自身。豪が悪い訳じゃない。  だから、俺が離れなくちゃ駄目なんだ。拘っているのは俺だけなんだから。

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