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4.現在・美鈴①
「うーん……、やっぱ実家は落ち着くなぁ」
大きく背伸びしつつ、ひとりごちた。
親も弟たちもダンナも皆呆れてるけれど、むしゃくしゃしたときは実家に帰るのが一番だ。きっとあと数年もすれば子供たちも呆れるのはわかってる。
でもさ、やっぱ腹立つモノは腹立つのよ!
ダンナの拓也が浮気するなんてのは実際は夢にも思ってないんだけどさ、絶対しないだろうってくらい拓也のこと分かってるつもりなんだけどさ、でも、香水の匂いをプンプンさせながら帰って来たら頭にくるのは仕方ないと思う。愛してるんだもん。愛してる人が他のオンナの香水の匂いなんかさせてきたら頭に血が上るってば。
拓也との付き合いは中学からだからかなり長い。私の方から告って、初体験も私の方から迫って、もちろん結婚も私の方から切り出した。拓也はいつも穏やかに笑ってて、気性の激しい私を包んでくれる。……って、プチ別居中のクセして頭の中は拓也のことでいっぱいだ。自分でも一途だなぁって思うよ。でも惚れてるんだもん、仕方ないじゃない。
ひとりの人だけをずっと一途に想うってのは母方の血らしい。以前母親が教えてくれた。私も、一番下の亮太も母方の血を引きついだらしく、学生時代からの付き合いのまま結婚に至ってる。まあ亮太は結婚直前だけどね。でもデキ婚になっちゃったからもう結婚したも同然だ。
残念ながら亮介だけは違ったみたい。彼女が出来ても長続きせず、もう、とっかえひっかえってカンジじゃないかしら。と言うよりは誰のことも好きじゃないのかもしれない。就職してから一度、当時の彼女を家に連れてきたことがあったけど、私の見た限り、亮介の目はうつろだったような気がするもの。
まあ、別に良いんだけどね。
私としては、拓也と一緒にいれたら幸せなんだから。
とは言え今は別居中。拓也が迎えに来るまでは絶対帰ってやらないんだから!
せっかくの週末だって言うのに亮介は早く帰ってきた。聞いてみたら彼女に振られたって答え。アイツ、イケメンのクセして振られてばっかじゃんか。何か人間としてどっかに欠陥があるんじゃねーの? それとも身体の欠陥だったりして? これは……、も、もしかしてEDとか? まぁあの年でそれは無いか? イヤ、でも、もしかしたらもしかするかも? 姉としては非常に気になる。でも弟に「アンタEDなの?」って聞くのもマズイか。うーん、でも気になる。聞いてみたい。聞いてちゃかしたい。やっぱ聞いたら殴られるかしら? 嗚呼でも聞いてみたい。ウズウズ。わはは。
「また振られちゃったの? あなたも今年で30になるのよ。そろそろ結婚とか考えないとダメじゃない。早く身を固めて親を安心させようって気はないのかしら? やっぱり先日のお見合いの話、断らなきゃよかったわぁ」
私がひとり頭の中で亮介のED問題を妄想してるウチに母が来ていたみたい。結婚についてブツブツ言っている。そんなに結婚結婚って言わないでも良いと思うんだけどねぇ。ひとりくらい独身でもいいじゃんか。しかもED、ゲフンゲフン。
「お母さーん、そんなに結婚結婚って言わなくても良いんじゃないの?」
「そんなこと無いわよ。もうすぐ30なんだし、亮介は長男なのよ。早く結婚して親を安心させてくれないと困るじゃないの」
「そうは言ってもさぁ……、亮介だっていろいろあると思うし、E……」
やっべー。妄想がモレそうだった。
「いー?」
「いやその……。あ、ほらアレだ。もしかしたらゲイかもしんないじゃん」
ふぅ~、ヤバイヤバイ。亮介がEDなんて妄想、本人もダメだけど親にはもっとダメだ。この人たちマジメだから、そんな話は冗談でもヤバイや。
「亮介がゲイなワケないでしょ! 美鈴、なんてこと言うの! アンタ何か知ってるワケ?」
「えっ? なっ、何お母さんそんなに怒ってるの?」
「亮介がゲイだなんて絶対あり得ませんからね! 美鈴も冗談でもそんなこと言うんじゃありません。言って良いことと悪いことがあるの、わかってる? いいかげんにしなさい!」
あれっ?
あれれ?
この人、何でこんな剣幕で怒るわけ?
うーん、何かひっかかるなぁ……。
「ねぇお母さん、もしかして亮介のことで何か隠してない?」
「えっ、なっ、何も隠してません」
「うん、その言い方おかしい。娘だもの、お母さんが何か隠してるってわかるわよ」
「…………」
「マジで知りたいんだけど。姉として、知っといた方がいろいろサポートできるわよ」
「…………」
「そこまで頑な? お母さんたちと亮介って、何か溝があるように見えるんだけどさ、話してくれなきゃ間に立ってあげれないわよ。早く結婚して欲しいんでしょ?」
「……亮介には言わないでくれるかしら?」
「言わないも何も聞かなきゃ分からないじゃない」
「言うなら話せないわ」
「嗚呼もうっ! 言わないわよ。何か深刻そうだし、とりあえず約束は守るわ」
その後私は知ってしまった。驚愕の事実ってヤツを。
その話は私の何気ない一言が発端だった。私でさえ忘れてた、ポロっと言ったその一言が事の発端だったワケだ。罪悪感半端ねぇ……。嗚呼どうしよ。亮介ってよりも、そのもう一方の方が気になる。
屈託無く笑うその笑顔は周りのみんなを笑顔にしてくれたっけ。
今も同じように笑っていれてるのかな?
「やべぇ……、マジやべぇ。お母さーん、私これから息子たち連れて家戻るわ」
台所にいる母親にそう声をかけて、私は寝ぼけてる息子ふたりを連れて家に戻った。
今更何が出来るってワケじゃないけれど、とりあえず拓也に相談しようと思う。
それにしても……、もしかしてもしかしたら、一番一途なのは亮介だったのかも?
亮介、ねぇちゃん頑張るからね!
もしかしたら周りを引っ掻き回すだけで問題を大きくするだけなのかもしれないけれど、私としては何かやらないと気が済まない。とりあえず拓也に相談して、一番良いと思われる行動をするつもりだから。
ねぇちゃん頑張るから。
ホントのこと言うと、何をどう頑張れば良いか全然わかんないんだけどさ。
ま、とにかく頑張るわ。
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