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第1話

 蜂巣(ハチス)のベッドの上で。  櫨染(はじぞめ)は腕を拘束され、自分の上で腰を振っている人物を、茫然と見上げていた。  意味がわからない。  まったく意味がわからない。    櫨染は今日、涼香、という女に指名を受けた。  涼香は、漆黒の女だ。  漆黒、というのは、櫨染と入廓の時期はさほどかわらない、櫨染よりも年嵩の男で……あれよあれよという間に人気男娼となった……そのくせそれを自慢するでもなく飄々としているような、なにせ気に食わない野郎なのだ。  その漆黒は最近、梓、という子どもにかまけて張見世(はりみせ)に姿を見せることが減った。恐らく売り上げも落ちているだろう。  一番手の紅鳶(べにとび)はバリバリと稼いでいるため、そこを崩すのは難しいだろうが、三番手の漆黒が凋落(ちょうらく)するのも近いだろうなと想像すると、楽しかった。    そんな中、漆黒の本命と噂される女、涼香が淫花廓を訪れた。漆黒は不在だ。  ちょうどいいから寝取ってやろうと、櫨染が格子の中から女にモーションをかけるよりも早く、涼香の目がこちらへと向けられ、 「あの子でいいわ」  と、きれいに紅を引いた唇が言ったのだった。  生意気な女だ、と櫨染は思った。  だが、スレンダーな体つきと細腰は、なかなかにそそるものがあったし、あの漆黒の女だけあって、顔も極上だ。美しい中にも少しの幼さが垣間見えるような、そそる顔つきをしている。  櫨染は、どんなふうにこの女を泣かせてやろうか、と想像しながら、涼香の肩を抱いて蜂巣までの道程を辿った。  蜂巣へ入るなり、櫨染は女をベッドへ押し倒した。 「あっ」  乱暴な仕草に軽い悲鳴を上げた涼香が、ばふっと倒れ込む。  そこへ自身の着物の帯をほどきながら、櫨染がのしかかった。  女の顎を掴み、口づけをしようとした……ところで、涼香の手が櫨染の唇を覆った。 「ストップ。ちょっと待ってよ」  アーモンド形の瞳を、笑みの形に撓めて。  女が笑いながら櫨染を押しのける。 「強引なのは嫌いじゃないけど、乱暴にされるのは嫌いだわ」  少し掠れた声で、涼香が囁いた。  そして、形の良い足を包んでいるパンツスーツのポケットをごそごそとさぐりながら、 「手を出してくれる?」  と言った。  櫨染は肩を竦め、涼香の要求通りに両手を前に出した。  相手は華奢な体つきの女で、間違ってもちからで負けることはないと思ったから、好きにさせても良いと思ったのだ。    すると涼香が赤い唇に笑みを刻み、 「いい子」  と、子どもを褒めるような口調で櫨染を褒めて……紐を取り出したかと思うと、手早く櫨染の両手首をまとめて縛りつけた。 「おい」 「大丈夫大丈夫」  櫨染が文句を口にする前に、軽くいなした女は、櫨染の肩を押して仰向けに押し倒す。  そして、頭の上に櫨染の手を上げさせると、格子状になっているヘッドボードへと、括りつけていった。    櫨染はあっという間に手の自由を奪われ、俄かに焦った。  紐はピンと張られていて動かせる余裕がほとんどない。無理やりに腕を振ると手首が擦れて痛むので、櫨染は仰向けの姿勢で固定された形となってしまった。 「おいっ。ほどけっ」  櫨染は女に向かって怒鳴った。  涼香はふふっと笑うだけで怯えた様子も見せず、はだけていた櫨染の着物を、左右へさらに開いた。 「あら。結構いい体してるわね」  きれいに整えた爪先で、股間のふくらみを撫でて。  もう片方の手で、涼香は自身の服を寛げ始める。   「あなた、梓ちゃんに悪さしたんですって?」  不意に、女が睦言のように甘い声で問いかけてきた。 「梓? ああ、あのガキか。悪さじゃねぇよ。漆黒の代わりに仕込んだだけだ」 「あらあら」  くすり、と女の唇が歪む。  会話をしながらも、涼香の指は櫨染の陰茎を下着越しに刺激し続けていた。 「あたしはあなたのようなやんちゃな子、嫌いじゃないけど……アザミさんが、怒ってたからねぇ」 「……誰だそれ」 「あたしの憧れのひと。アザミさんが、あなたの再教育をするとか言っていたけど……アザミさんの手を煩わせるのも勿体ないから、特別にあたしが相手をすることになったのよ」 「なんの話をしてんだよ。っおい、いい加減ほどけっ」 「いやだわ。青藍くんは、大人しく縛られていたのに……。下っ端の男娼はやっぱりだめね」    下っ端、と言われて櫨染はカッとなった。 「んだとこのアマっ」  怒りのままに怒声を上げたが、涼香は怯える様子もなく微笑み続けている。 「あらあら。そういうところがダメなのよ。あなたは抱く相手をいつも見下しているんでしょう? 客だってバカじゃないのよ。自分を軽んじている男娼を指名するもの好きは居ないわ。少しは青藍くんを見習いなさい。あたしの下で腰振って、可愛かったわよ」  涼香が一度立ち上がり、ジャケットとパンツを脱ぎ落した。  白いシャツが太ももまでを隠している。  ストッキングをレースの下着ごとするりと脱ぎ、白く艶めかしい足を露わにした涼香が、再びベッドへと体を乗り上げてきた。   「あなたのその安っぽい金髪も、チャラチャラしたピアスも……あたしは嫌いじゃないけれど……組み伏せた相手を自分本位にいたぶっていいと思ってるあなたの姿勢は、嫌いだわ」  きれいに結んでいた髪を、ぱさりとほどいた涼香は、艶のあるさらさらのそれを背に流して。  櫨染の腰を跨いで、ゆっくりと座った。 「楼主も、お客様のニーズに応えるために、色んな男娼を取り揃えてるんでしょうけど……客を見下してるようじゃあ、あなたの指名は永遠に増えないわよ」 「……説教がしてぇなら余所へ行ってしろよ。どけっ」 「ふふふ。自由の効かない体勢なのに、威勢がいいわね」 「蹴り飛ばされてぇのかっクソ女っ」 「嫌だわ。乱暴なのは嫌いだと、言ったでしょ?」    シャツのボタンを、上から順に細い指で外して。 「お姉さんが、イチから教えてあげるわ」  そう囁いた涼香が。  するり、と。  シャツを脱ぎ捨て、裸体を晒した。 「…………っ」  櫨染は瞠目し、絶句した。    襲い来る衝撃を、なんとかやり過ごして。  櫨染は喉が痛むほどの大声で、怒鳴った。 「何がお姉さんだっ。男じゃねぇかっ!」  

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