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第4話

「お父さん、最近なんだか雰囲気変わったよね」 ミカの言葉に、恵一は苦笑するしかない。 朝食を済ませて制服に着替えたミカは、ご機嫌な様子で髪を整えていた。 もうすぐ、彼氏が迎えにくるのだ。多少ねぐせが付いていたってミカは世界一可愛いのに、彼氏にはそんなだらしない顔を見せられないのだろう。 鏡越しに目があったミカは、何も知らない無垢な目で恵一を見ている。 「そうかな」 「うん。なんか、うまく言葉にできないけど」 「俺のことはいいから。さあ、はやく行かないと、バス停で先輩が待ってるんだろ」 なんとかごまかして、ミカを玄関から追い出す。 窓から見れば、いつものバス停にあの少年の姿があった。 彼は、自分が理事長を説得したからミカとの交際を許されたと信じている。実際、理事長室の前で土下座をしたり、親戚一同を巻き込んで理事長を責めたりしたらしいので、半分くらいは彼の功績でもあるのだろう。 だが、本当はそれだけではない。 恵一にとっての救いは、彼が本当にミカを愛していたことだ。 バス停に駆けていくミカは、幸せそうに笑っている。ミカを待つ少年も、嬉しそうな、宝物を見るような目でミカを見つめていた。 幼い恋。だけど、彼らは真剣だ。 バスが走り去るのを見送り、恵一も身支度をした。 もうすぐ、恵一にも迎えがくる。 あの事件以来、恵一はミカの通う高校で柔道部の外部コーチをしている。放課後、顧問と一緒に柔道部員に指導をするのだ。顧問は柔道未経験で、あまり熱心でなかった。強くなれないはずだ。 だが、おかげで生徒たちからはとても歓迎してもらえた。 彼らも、トロフィーを狙いたいのだ。理事長室のコレクションボードに、自分たちの名を刻んだトロフィーを飾って欲しいのだ。 ぶーぶーと、持たされている専用の携帯が鳴る。 迎えがきた。恵一も戸締りをして家を出る。マンションの玄関前には、立派な外車が止まっていた。 「おはようございます」 挨拶をすれば、助手席側のドアが開けられた。運転席には、いつも通り品のいいスーツに身を包んだ、恵一の主人が座っている。 「ああ、おはよう。早く乗れ」 「はい」 まだ右側の助手席には、慣れない。だがおとなしく腰を下ろしてシートベルトを締めた。 これから、恵一は理事長室まで『出勤』だ。精力が異常に旺盛な主人が、いつでもすぐに性処理をできるように。 一応、理事長室には恵一用のワークデスクとパソコンも置かれて、在宅プログラマーの仕事もしていたが、日中のほとんどが快楽で頭が回らない状態だ。まともな仕事は、できなくなってきている。そろそろ辞めるべきなのだろう。 「そうだ。恵一が言っていた練習試合の件。話はつけておいたぞ」 「本当ですか?ありがとうございます」 エンジンをかけながら、園田はこちらを見もせずに言った。その横顔を見るだけで、下腹が疼く。 今日は何回、されるのだろう。 毎日毎日、何度も何度も犯されて……恵一は、もう男性器への刺激ではイけなくなっていた。尻をこの男の太くて熱いもので突かれないと、快楽を得られない。射精無しで女のようにイくように、躾けられてしまったのだ。 ミカが雰囲気が変わったと思うのも当然だ。 もう、父はいままでの父ではない。 娘には決して見せらない、淫らな体にされてしまった。 「まだ二カ月ほどだというのに、もう柔道部の生徒たちは顔つきから変わってきた。やはり、経験者が指導すると違うな」 少し嬉しそうに言って、園田はアクセルを踏み込む。走り出した車の中で、ふと恵一は初めて抱かれた日のことを思い出した。 「そういえば。園田さんは、なぜ俺が柔道経験があると知っていたんですか?」 一瞬、園田の片眉が釣り上がる。そして、なぜかわずかに目元が赤く染まった。 何も答えずただ運転を続ける園田に、恵一は首を傾げた。 「……鞄の中にある、手帳を見てみろ」 ぽつりと言われ、恵一は大人しく従う。人の手帳を覗くようなことは好きではないが、仕方がない。ごく一般的なビジネス手帳を開けば、カレンダーには綺麗な字でスケジュールが書き込まれている。何の変哲も無い手帳だと思ったが、何か古い写真が一枚挟み込まれていることに気がついた。 そこには、見覚えのある顔が写っている。 妻が出て行く前、恵一が顧問をしていた柔道部が、県大会に出たことがある。おそらくは、その会場となった体育館。それ自体を写そうとした写真だ。 しかし、そこには恵一が生徒たちを引率する姿が写り込んでいた。穏やかに微笑んで、誇らしげだ。 「こ、これは?」 「……偶然だ」 まっすぐに前を見て運転しながら、消え入りそうな声でそう呟いた。 「うちは柔道だけが弱小だ。だが、毎年、顧問と柔道部部長を連れて、県大会を視察に行っているんだ。そこで」 「俺を見かけた?」 そして、たまたま恵一が写真に写り、その写真をなぜか手帳に挟んで持ち歩いていた。それは、不自然で、不思議な話だ。 困惑と、恐怖と。思い上がった考えが、恵一の脳裏をよぎる。 「まさか……まさか。この時から俺に目を付けていて、甥を使ってミカを罠に」 「馬鹿げたことを。偶然だと、言ったろう。佐久間ミカが私の学校に通い始めたのも、甥と交際を初めたのも、偶然だ。ただ……」 赤信号に捕まり、園田はブレーキを踏む。小さなため息をついて、視線だけを恵一の方へと移した。いつもと違う、少し困ったような横顔。 「永遠に訪れないと思っていたチャンスを得たなら。無理矢理にでも、ものにしてしまわなければ。そう、思った。それだけだ」 バツが悪そうに言って、園田はまた恵一から視線をそらす。 じわじわと、彼の言葉の意味を理解するにつれ、妙な甘さが胸に広がってきた。 そういえば、園田はずっと独身だったらしい。まさか、そう理由のひとつがこの写真にあるのだとしたら。 ……そうだとしても、やり方が悪すぎるけれど。 「園田さん……欲しい」 信号が変わり、車は走りだす。学校に向かっているのが、なんだか惜しくなってしまった。 園田のスーツの裾を摘み、恵一は感情の赴くままにそう囁いた。下腹がじくじくして、顔が熱い。もう、下着の中は濡れてしまっていた。 「抱いてくれ、今すぐ。中に、欲しい」 初めて自分から行為を強請った。 本当の意味で、この男の愛人になった気分だ。 園田は一瞬迷ったようだが、すぐに進路を変えた。ホテルにでも連れて行ってくれるのだろう。 今朝、窓から眺めた若い二人とは違う。薄汚くて肉欲にまみれた間柄だけれど、恵一はこれを恋と呼んでいいような気すら、していた。 完

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