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喫茶店にて

「よぉ、お久~。元気やった?」 「おおっ、久しぶり。そっちこそ元気そうで。まあ好きなとこ座ってよ。んで、何飲む?」 「今日の日替わりスイーツ何?」 「残ってんのは、チョコレートタルトかレアチーズケーキだな」 「そしたら、レアチーズケーキに酸味少なめのコーヒーで」 「了解。トラジャでいいかな?」 「そこら辺ようわかれへんし、お任せする~。あとね、イラスト描くんにええ感じのペン無い? あんまり紙に引っかかれへんような、ペン先細いんがええねんけど」 「だったら、あの奥の棚にドイツ製の製図用のペン並べてあるから適当に書いてみ。たぶん合うの見つかると思う」 「サンキュー。しかし、相変わらず雑多やけどええ品揃えやなぁ…変に落ち着くわ」 「そりゃどうも。好きな物扱いたくて、趣味だけで作ったような店だしな。はい、レアチーズケーキお待たせ。普段食べさせてもらってる物よりはずいぶん味は落ちるだろうけど」 「いやいや、こういう手作り感満載ってのが食べたなることもあんのよ、たまには」 「んで今日はどうした? いきなりでちょっと驚いたわ」 「ああ、近くのスタジオで撮影あって、今休憩やねん。せっかくこの辺来てんのに顔見せへんのも不義理やろ?」 「パコパコ仕事?」 「お前なぁ…なんちゅう言い方すんねん。これやから種馬は。今日は洋服のモデルさんやっちゅうねん。腰いっこも振ってへんで。おっ、ええなぁ…このペン好きやなぁ。インク、黒しか無いん?」 「ちょっと時間もらえたら、確か12色揃えられるよ。取り寄せる?」 「せやなぁ…頼んどいてかめへん? 今日全部入金しといた方がええ感じ?」 「いや、向こうの在庫次第で入荷状況変わるし、商品届いてからでいいよ」 「オッケー。届いたらここに連絡してきて」 「種馬から電話なんて入ったら、お前んとこの番犬くんが怒り狂うんじゃないの?」 「そんなもん、俺らには絶対の愛と絆があるから大丈夫で~す。てか、種馬卒業したって聞いたけど、ほんまなん?」 「いつの話してんだよ…この店オープンした頃には、とっくに不特定多数交遊はやめてたっての。お前含め、誰も信じなかったけどな」 「まあねぇ…そら昔のあの見境の無さ知ってるし、簡単には信用できへんやろ」 「そこら辺の節操の無さはお互い様な」 「確かに~。俺もたいがいやったもんなぁ。ほんで? 今はどうしてんの? 不特定多数は止めて、少しは相手厳選してんの?」 「あのなぁ、そこは『恋人できた?』って聞くとこじゃないのかよ」 「うーん…どうしてもちゃんとした恋人作ってるってイメージができへんねん」 「お前に恋人できたんだから、俺にできてもおかしくないだろうよ」 「いてんの!? 何人!?」 「ほんと、とことん失礼だな。1人だよ、1人。つい最近俺の部屋で同棲始めた」 「……1人とか、性欲溜まり過ぎておかしなってへん? それか、相手体壊してへん?」 「だーかーらー、お前んとこみたいに年中発情期じゃないから! ネットの番組たまに観るけど、俺あそこまでひどくないからな」 「よう言うわ。一晩で何人抱き潰したよ…当時めっちゃ噂なってたやん」 「噂だ、噂。一晩二人だけだしな、マックスでも。お前それより多いだろ」 「仕事してた俺と一緒にすんな」 「半分以上趣味だったろうよ。それにな…今の人とは、一緒には暮らしてるけど、キスもした事無い。超プラトニックなんだぞ」 「……それはさすがに嘘や」 「マジ」 「いやいやいや! 無いわ、絶対無い。それか、ヤりすぎて勃てへんようになったとか?」 「残念ながら元気だよ」 「お預け食らってんのん?」 「お預け…とはちょっと違うかな。触りたい、抱き締めたいって気持ちが無いわけじゃないんだけど、相手から求めてもらえるようになるまではそういうの別にいらないか…って思えるようになった。なんかさ、ものすごく一緒に過ごす時間とか空間が心地よくて…」 「あ、その感覚はわかるかも。一緒にいられるって事実と時間が何よりも大切って…な?」 「こないだお前の体調心配して番犬くんが手出さなかったから勝手に跨がって腰振ってたって聞いたけどな」 「それはそれやろ。一緒におれたらそれで十分とは思うけど、一緒におったら触りたいし触られたいってなんの、当たり前ちゃう?」 「そこなんだよな…そうなんだよな…なるよな…」 「やっぱりなってんねやん。別に一緒に暮らしてんねんから、そこは触ったらええんちゃうの? とりあえず抱き締めて、あとはなし崩し的に…とか、得意やろ」 「……ノンセクシャルかもしんないんだ」 「ノンセクシャル? どういう事?」 「親愛や友情はあっても、性愛には興味無かったり受け付けなかったりする人」 「お前が惚れてんねんから、男やんな?」 「男だよ、勿論。細身なんだけどすごい賢そうで強そうで、めちゃめちゃカッコいい人。仕事もバリバリできるし、穏やかだし…どっぷり惚れ込んでる」 「相手は? 同棲するくらいやし、ゲイなんやんな? ん? でも、性愛に興味は無いんなら、一緒におる相手は異性でも同性でも関係無いんか…? そもそも、それは同棲なんか? 同居?」 「性的な物かどうかはわからんけど、憧れたりときめいたりすんのは男性限定やったらしい。だから一応ゲイだと思うってさ」 「でも、セックスどころか、性的な意味を持つ接触はアカンねや?」 「本人も、『いわゆるノンセクシャルとは違うのかもしれない』とは思ってるらしい。元々セックスに対しての興味や欲求が薄かったところに一方的に欲望を押し付けられる事が続いたらしくてさ…ノンセクシャルってより、セックスへの嫌悪感に近いのかもしれないって悩んでた」 「アセクシャルではないんや?」 「今まで恋愛経験が無いって言ってたからな、俺もそっちなんじゃないかとも思った。別にそれでも良かったし、一緒にいる時間が心地いいのはセクシャリティーに関係ないからさ…俺はアイツの一番の理解者で、一番そばにいられる存在でいいんじゃないかなぁって」 「そこまで思ってんのに、今度はやっぱり触りたいって悩んでんの? それはちょっと相手に失礼ちゃう? そういう欲求は持てへんて話になってんねやろ?」 「ちょっと違うな。たぶん欲求は持つけど、望まない事はしないって約束しただけ。アイツを思いながら抜くのは許してって言ってある」 「それでもかめへんて?」 「そう」 「そもそも、どこで知りおうてん?」 「ゲイのマッチングパーティー。お前とか知らないと思うんだけど、ああいう場所って自分がタチだとかネコだとかって見えるようにカードとかバッジとか付けるんだわ…付けてなくても何となくはわかるけど。で、俺は当然『タチ』ってバッジ付けるじゃない?」 「まあ、バリタチやもんなぁ」 「俺、アイツと友達付き合い始めるにあたって、そのバッジ渡したんだ、『タチって立場いらないし、それとは関係のない所で友達として付き合っていきたい』って」 「元のお前知ってる人間からしたら、そんだけでもめちゃめちゃお前の本気感じるわ」 「そうか? んでさ、最初はほんとそういう欲求抜きで十分だったの。俺は恋愛感情として好きだけど、アイツは俺を人間として好きだって気持ちを隠さなかったし。ところがさ…」 「向こうになんか変化でもあった?」 「……あった。長期の出張から戻ってきた時にさ、真っ先にうち来て…んで渡したタチのバッジを俺に返してきてそのまま抱きついてきて…真っ赤になりながらガタガタ震えてて、それだけの事にめちゃめちゃ緊張してんの伝わってきて、なんかもう可愛くて愛しくて……」 「それで気持ちが爆発した?」 「たぶん」 「抑えきれる自信がない?」 「自家発電で我慢してるから大丈夫…だと思う」 「我慢しなアカンのは、なんか違う感じせえへん? 自家発電で十分なんやのうて、それで我慢できるからええん? お前だけ我慢する関係って、なんかおかしない?」 「それなんだよ…好きの意味は違ってても、これまでは同じ熱量でお互いを思い合ってるつもりだったのに、俺だけ我慢してるって気づいたらちょっとしんどくなってきてさ」 「お前のその気持ち、ちゃんと話した?」 「言えるかよ…約束破ってるみたいじゃないか」 「約束は破ってへんやろ」 「今の関係は崩したくないんだよ…居心地のいい場所、時間、温度…どれも無くしたくないから悩んでる」 「悩んでる段階でなんも居心地ええことないやん。それは、ちゃんと二人で話し合わな解決せえへんで。まあ…自分の気持ちごまかしながらも相手から離れたないって思う気持ちはわからんでもないけどな」 「そもそも、話し合うって何話すんだよ…自家発電では満足できなくなりそうです!ってか?」 「俺らの関係で申し訳ないんやけどさ…知り合った頃に話した内容が引っ掛かったり気になったりして、ほんまに話したい事を伝えられへんかってん。それでお互い誤解やら思い込みやら重ねてなぁ…」 「何言いたいんだよ」 「せえからぁ、出会った頃とはお互いの気持ちが変わってるかもしれへんのに、その頃に聞いた事が足枷になって今の気持ちを確認する事もできへんのちゃうかって」 「いや、だから…」 「相手の男前さん…お前との関係、変えたいと思うてんちゃうかな? 真っ赤になって震えながら、お前に『タチ』の称号返してきたんやろ? その人なりに必死の思いで自分の気持ちが変わった事伝えようとしたんちゃうの? お前は約束守らなアカンて必死やし、相手は相手で初めての気持ちでどうしたらええかわかれへんし…で、お互いがすれ違ってるような気ぃすんねんけどな」 「いや、それは無いだろ。だってアイツはノンセクシャルで…」 「それそれ。ノンセクシャルでもアセクシャルでも、あくまでも自己申告やん。一生そのセクシャリティーが変われへんなんて誰も保証できへんねんで。それに、お前が言うたんやろ、『ノンセクシャルってより、嫌悪感に近いかも』って。お前と一緒におるうちにその嫌悪感が薄れていってるかもわかれへんやん。それやのにお前は最初の約束に縛られて、あくまでも友達としての関係崩せへんかったとしたら…その人、結構傷ついてるかもな」 「でも、俺の都合のいい勝手な思い込みみたいなそんな事伝えて、結局嫌われる事になったら…」 「どっちにしても、我慢してる段階で矛盾だらけの関係やってば。きちんと話し合おうとして真剣に向き合うお前の事、嫌うような人なんか? 自分が初めて本気で好きになった人やったら、もうちょっと信じたれよ」 「お前…熱すぎない?」 「臆病で自分の気持ちから逃げようとした事のある、経験者からのちょっとしたお節介やって。ほんまに好きな人との最高のセックスを味わってもうて、ガラにも無いノロケをお前から聞いてみたいって下世話な好奇心かもしれんけど」 「……ありがたいお節介かもな」 「ええ方に転んでも悪い方に転んでも、とりあえず今度ペン取りに来る時にでも話聞かせてや」 「いや、いい方に転んでたら…番犬くんも呼んでみんなで酒でも飲もうぜ」 「酒のツマミはお前のノロケ話な。そしたら俺、ボチボチ撮影戻るわ。まあ頑張れよ」 「おう。ありがとな…キラ」 「アホか、慎吾って呼べや。ほな、またな」

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