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第1話
土ホコリの匂いが立ち込める。
放課後から降り出した雨に 、みんな困惑気味だ。
(あ……)
ざわめく昇降口の人波の向こう、俺の視線はある一点に吸い寄せられた。
雨空を見上げている物憂げな背中。
その横顔を認めると、全身が心臓になったように一気に血流が速くなった。
同時に、自分のズボラさも役に立つものだと幸運を噛み締める。
鞄の奥底に入れっぱだった折りたたみ傘を握りしめ、ぎゅっと目を閉じ大きく深呼吸。
(今日こそ……)
ゆっくり瞼を開いたら、そこに居たはずの背中が昇降口から消えていた。
(!)
急いで人波をかき分け段差の先まで飛び出す。
視線を彷徨わせると、ぺトリコールの中、小さくなっていく背中を見つけた。
カバンに突っ込んでいた手の力が抜けていく。
(ああ……)
せっかくのチャンス、だったのに。
必死でかき集めていた勇気を、深い溜息でゆっくり解き放った。
がっくりと力が抜けた身体を人の流れとは逆方向に向かわせ、なんとか自分の靴箱にたどり着く。
……でもどうせ 。
こんな小さな傘じゃ 、アイツと俺は収まらないし……
声をかけたからって、アイツが一緒に帰ってくれるとは限らないし……
一緒に帰れたとしても、たった駅までの道のりだし……
のろのろと靴を履き替えながら、叶わなかった無念さを尤もらしい言い訳でなだめる。
しわくちゃの折りたたみ傘を広げながら、こんなだらしないところも見られずに済んだ、と自嘲気味に笑った。
サァーーーーー…………
雨足が強くなってきたようだ。
アイツ、もう駅に着いたかな。
びしょ濡れになってなきゃいいけど。
さっきより大きくなった雨粒をぼんやり眺めながら駅に向かっていると、背後からパシャパシャと足音が近づいてくる。
なんとなく振り向こうとした瞬間、肩に手が回された。
(!)
愛しい匂い。
「傘持ってんだったら言ってくれよー!」
屈託のない笑顔で言い放ち、濡れた髪をかきあげる。
え?え?
先に帰ったんじゃないのか?
なんで後ろから?
てかなんで俺?
状況が理解出来ない。
いやそれよりも。
……なんでいきなり肩組んでくんだよ……
狭い折りたたみ傘の中、アイツの匂いが充満して呼吸困難だ。
「……こうでもしないとさ、お前、すぐ逃げんだろ」
ぞくりとする、甘く掠れた声。
俺の心を見透かすように、そっと耳元に放たれた。
……いや、とうの昔に見透かされていたんだろう。
俺の透け透けの気持ちなんて。
アイツの髪の雫が、俺の制服の肩に点々と染みをつくっていく。
アイツの囁きも、俺の心に消えない楔を落としていった。
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