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第10話
振り返ると、小柄な男娼がツユクサの顔を見上げていた。
しずい邸の男娼らしい、華奢で色白、可憐で儚げな娼妓 。
如何にも男が好きそうな顔をしている。
小さな顔の三分の一を占めているのではと思うほど大きくクリクリとした瞳が、好奇心を湛えながらツユクサの姿を映していた。
華奢で小柄とは程遠いツユクサの姿を。
「何?」
自分は可愛くないという現実を突きつけられているようでムッとしたツユクサは、眉間にシワを寄せるとぶっきらぼうに答えた。
「だ〜か〜ら〜、あんたもそう思わない?」
「何が?」
「あそこにいる、あいつ。あのアオキのことだって」
娼妓が顎でしゃくった先に目を向ける。
ツユクサが座っている場所から数メートルほど離れた場所。
そこに鮮やかな赤紫色の着物に身を包み、長い髪を盆の窪あたりで緩く束ねた男娼が座っていた。
あんな娼妓 、前からいたっけ。
ツユクサは新参者だが、ゆうずい邸の男娼をしている頃身についた癖で、記憶力には自信がある。
しずい邸に来てまだ間もないが、一通りの娼妓の名前と顔は覚えていた。
しかし、アオキという娼妓の記憶が全くない。
見落としていたのだろうか。
ツユクサはアオキの姿をまじまじと見つめた。
ツユクサの位置からは横顔しか見えないのだが、美しく整った顔立ちをしているのはわかった。
後れ毛が頬やうなじに散り、それが妙に色っぽい。
それによく見ると、アオキは他の娼妓に比べすらりとしていて背が高かった。
しかし決して男っぽくはなく、他の男娼以上に儚げで匂い立つような色香を纏っている。
ツユクサは思わずドキッとしてしまった。
こんな娼妓、一度見たら忘れることはできないはずだ。
「あいつさ、前はあんな雰囲気じゃなかったんだよね」
ツユクサに話しかけて来た娼妓が眉を顰め、訝しげな表情で語り出した。
「へぇ?」
「特別研修受けたんだって」
「特別研修?」
「そう、あいつちょっと前までお茶引きでさ、成績も下から数えた方が早いくらいの所謂落ちこぼれって奴だったんだけど…ある日突然再教育受けるとか言って一ヶ月くらいいなくなってたわけ」
道理で見覚えがなかったはずだ。
ふぅん、とツユクサは興味なさげに呟くと再びアオキを見つめた。
纏っている雰囲気からして落ちこぼれという感じには見えない。
「それがさ…」
何も言っていないにもかかわらず、娼妓は声を落として続きを話し出す。
「ここだけの話…あいつ楼主に媚び売って、再教育志願したらしいんだよね」
「は?!」
驚きのあまり、ツユクサは思わず声をあげてしまった。
周りにいた娼妓たちが一斉にこちらに目を向けてくる。
「ちょっと、声でかいって!!」
唇に人差し指を当てると小柄な娼妓がシーッ、シーッっと言ってきた。
しかしツユクサの動揺は治 らない。
「楼主?あの人って娼妓に手ぇ出したりするわけ?」
「あんたはまだ知らないよな?しずい邸では有名な噂なんだけど、楼主も相当好きものみたいでさ、気に入った娼妓は片っ端から抱いてるらしいよ。再教育っつー名目で。んで、そいつの事気に入ったら上客つけて、成績が上がるように仕向けてるんだって。最近引退したアザミもそうやって一番手キープしてたらしいよ」
ツユクサがここへ入ってきたとき、アザミはすでに引退した後だった。
どんな見目をしていたかわからないが、一番手を張っていた期間は相当長かったと聞いている。
「アザミが急に辞めちゃって、いつか代わりを見つけるだろうな思ってたんだけど…まさかあいつだったとはね。大人しそうな顔して結構あざとかったんだなってみんな言ってるよ」
小柄な娼妓はやれやれと肩を竦めてみせた。
彼の言う通り、よく見ると他の娼妓がアオキ向ける眼差しには嫌悪や妬ましさが込められている。
「俺たちあの人の商売道具みたいなもんだし、文句言える立場じゃないんだけどさ。な〜んか腑に落ちないよね。ま、顔が好みじゃないってなら地道にテクニックで頑張るしかないよね」
そう言うと彼は、片手で何かを握るようなジェスチャーをし、それをしゃぶる真似をしてみせた。
可愛らしい顔にそぐわない下品な動作だ。
しかし、それよりもツユクサは『楼主が娼妓を抱いている』という衝撃的な話で頭がいっぱいだった。
つい最近、ツユクサは楼主を誘惑することに失敗した。
アナルパールを仕込み、いつでも男を迎え入れることができる万全の態勢で挑んで。
あの男はツユクサの痴態に微塵たりとも反応しなかったのだ。
もしも…もしも噂通り、楼主がアザミやアオキの事を抱いているのなら…ツユクサは完全に敗北したことになる。
肉体を変えることはできても容姿まで変えることはできない。
小柄な娼妓の言う通りテクニックで勝負しようとしたが、それも失敗に終わっているのだ。
これ以上努力してもきっとツユクサが楼主に好かれることは二度とない。
ツユクサは拳を握り締めると唇を噛んだ。
言葉にならないくらい悔しい。
そして屈辱的だ。
何のために身体を開き、ここ へ来たのか、考えるだけで虚しくなってくる。
だが、もしそうだったら潔く諦めるしか他ない。
何をしてももう無理なのだから。
だから最後に確かめてみようと思った。
本当に楼主とアオキ の間に肉体関係があったのか。
それは今でも続いているのか。
どうやって楼主に取り繕ったのか。
ツユクサは半分イライラとしながらアオキの側へと歩み寄った。
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