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第1話

「女の子とするときのための練習台になってくんない?」  我ながらバカなこと言いだしたもんだ。 腐れ縁の幼馴染を相手に、俺は今日キスをする。ちなみに、男どうしだ。 OKをもらえたのも不思議な話。  俺とヤツは、母親のお腹の中にいる頃からの付き合いだ。母親同士が妊婦学級で出会って仲良くなったとかで、偶然家もすぐ近くで、以来現在に至るまでずっと付き合いが続いている。 子ども同士も馬が合い、毎日一緒に登下校しているし、小さい頃は親子四人であちこち遊びにも出かけた。大きくなるにつれて、俺たち二人で行くようになったけど。 「ごめん、遅くなった」  俺の部屋にやってきた、ヤツの濡れた髪を見て思う。制服のシャツやカバンも少し濡れている。外は雨が降っているのか。梅雨だもんな。ここんとこ毎日雨だ。ヤツが連れてきた湿気が鬱陶しい。 緊張していたせいか、普段なら気づくはずの外の雨音にも気づかなかったというわけか。  黒目がちの目が仔犬みたいで、キレイに髪が刈られた耳の後ろからうなじにかけての首辺りがなんというか、触りたくなる。 昨年、一年で十三センチ伸びた俺からは、今となってはヤツを完全に見下ろす形となってしまっている。 「じゃ、早速始める?」  いきなり言うから急に緊張してきた。 まだ心の準備が…って、言い出したのは俺なんだから心の準備は先にしとけよって。 「う、うん、じゃ、いくよ……?」  うわぁ、近い、近いって!って、キスするんだから当たり前か。 そりゃ昔は一緒に風呂にも入った仲だけど。 ……意識し始めてからは、こんな近くで見るの初めてで。  そう、俺はこいつに惚れてて、練習台なんて嘘っぱちで、ただの口実。 こんなことでもないと、キス、なんて、永遠にできるはずないから。  雨音が激しくなってきた。緊張していても気づくぐらい強い雨音が、部屋の中の静けさをより際立たせている。  あいつはいつでもどうぞと言わんばかりにニコニコしながらじっと俺を見ている。 「自分からしなきゃ練習にならないだろ?」 なんて言って。余裕か。  ゴクリ。 自分の喉から鳴った音の大きさに自分でびっくりした。 キ、キス、するぞ。 は、初めてのキス……  ちゅ。  かくして俺のファーストキスは無事終了したわけだが、感動や喜びなんかとは無縁で、緊張や戸惑いばかりだ。  これ、いつまで口くっつけてたらいいのかな。 もう離したほうがいいのかな。 ……  突然、目を開けたあいつは、口を開けて俺の唇に吸い付くようにキスを返してきた。 何が起こっているのかわからずぼうっとしてたら、俺の頭をがっちり抱え込んで、角度を変えて何度もキスをしまくってきて。 いや、そこまで練習するつもりは……! ようやく唇が離れると、 「もっとしてもいいよ?」  ニコッと笑ってヤツが言う。 何を?!  あいつからしてくるキスは、俺がしたちゅっ、てやつなんかとは音からして全然違って、ピチャピチャくちゅくちゅと水っぽい音を立てる。 だけどそのいやらしい音は、より一層激しくなった雨音と同化した。  いたずら半分で、でも残る半分は本気で。冗談半分のつもりで言ってみて、OKもらえたらラッキー、ぐらいに思ってたのに。 ヤツはきっとビックリして大慌てで取り乱すに違いない、内心慌てる顔を想像して笑っていたぐらいなのに。  大慌てで取り乱したのは俺の方だった。はあはあと息が苦しく、湿気と汗とが入り混じって全身びしょ濡れだ。 奥手そうで、見た目あどけなく中身も幼げなアイツが、こんなことしてくるなんて、まさかのまさかだった。  そんなこと考えてるうちに、なぜだか畳の上に押し倒されていた。 「もっといろんな練習、しよっか」  笑ってるのに、俺を見下ろすヤツの目が怖い。 【おわり】

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