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和臣の話(1)
和臣には6つ歳下の恋人がいた。
よく行く駅前のカフェの店員で、名札から綾人 という名前を知った。柔らかそうな黒髪、優しく整った顔立ち、少し小柄な体躯、すべてが和臣の好みだった。
そこの店長と和臣はもともといわゆるセフレの仲で、同類の気安さとコーヒーのうまさでたまに立ち寄ってはいたが、綾人がアルバイトで入ってからは時間を作ってはせっせと足を運んだ。
営業スマイルとわかっていても、綾人に笑いかけられると仕事の疲れも吹き飛んだ。熱心さに負けた店長の忍 が、実は綾人も同類 なのだとこっそり教えてくれたとき、和臣は生まれて初めて神に感謝した。
自覚しているだけで経験はないみたいだから、軽い気持ちで手を出すなよ、そう忍に釘を刺されても、それは何の牽制にもならなかった。ノンケの友人への不毛な片思いを繰り返し、恋愛感情と肉体関係は別だと割り切っていた和臣にとって、綾人は初めて巡り合った神からのギフトだった。
あからさまな視線を送り、積極的に話しかけては関心を引いた。
何度か和臣から誘って二人で食事に行くようになり、少しずつ綾人のことを知るのが至上の喜びだった。初めて私服の綾人を見たときは、あまりに愛らしくて衝動的に抱きしめそうになった。
その外見から若いだろうと思っていたが、和臣と出会った時、綾人はまだ20歳だった。
ハタチの誕生日に思い切ってカミングアウトしたら家族が騒然となり、顔を真っ赤にした父親からその場で勘当を言い渡されたという。当座の生活費と身の回りのものを渡されて家を追い出され、年子の弟以外の家族にはそれ以来会っていないと、淡々と語る綾人の横顔は寂しげだった。
弟さんは理解してくれているのかと和臣が聞くと、困ったように微笑んだ。
「いえ、そうじゃなくて…… 弟とは同じ大学だったので、家を出てからも顔を合わせる機会があったというだけです。むしろ…… 」
弟の拒絶反応は父親以上だったという。
カミングアウトしたその時から、弟の悠人 は口もきいてくれなくなった。嫌悪むき出しの顔で兄を見ては、袖の先も触れぬようにと大げさに避けて歩く。
勘当されて実家を出てからも学費は振り込まれていたため綾人はそれまでどおり大学に通っていたが、学内で綾人の悪いうわさが広がるのにそれほど時間はかからなかった。弟が発信源であることは疑いようもなく、「ホモが歩いているぞ!」とキャンパスで悠人に嘲られたときには、目の前が真っ暗になった。
親しかった友人たちが不自然に離れていき、どこにいても好奇の視線にさらされるようになった綾人は、ひっそりと退学届を出した。
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