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7-3
声を出すのが憚 かられそうな雰囲気の中で、二人の前に立っていた友人が沈黙を破る。
「ヘッドホンにどんな事情があるのかは知らないけどさ、俺、園山が先生に反抗してるスゲー悪い奴だと思ってたんだよ。でも祥と話してる時のお前優しそうだし、クラスの皆のことちゃんと考えてるって事が分かったから、それだけでも良かった!」
静まり返った空気の中、その声だけが大きく反響する。中にはうんうんと頷く生徒が何人かいた。
(うおぉー、良い事言ってくれてありがとー!)
これで永緒にも少し自信がついたのではないだろうか。
「お前良い事言うな~! 永緒の友達第一号にしてやる」
「してやるって何だよ。つか、一号は祥じゃねーの」
「元・友達だから」
「ははっ、親友に昇格しましたってか」
本当はそれとも違うのだけれども。ここは笑ってごまかしておく。
(永緒、どうだった――あれ?)
ついさっきまで隣にいた永緒の姿が消えていた。辺りを見回してもどこにもいない。
「ごめん、ちょっとそこ通してくれ!」
祥は教室を飛び出すと、まっすぐに階段を上った。永緒が行く所は予想が付いていたから。
「永緒!」
塔屋に駆け込むと、永緒はこちらに背を向けて立っていた。その肩は少し震えている。
(泣いてる!?)
「な、永緒ごめん! ほら、これ付けろよ」
祥がヘッドホンを差し出すと、永緒は後ろを向いたまま腕だけを伸ばしてそれを受け取る。その時ちらっと見えた横顔に、涙の筋が光って見えた。
「どどどどうした!? 何か辛い事あったら早く言えよ」
永緒は黙ったまま首を横に振る。
「じゃあ何だ、緊張しすぎた?」
「ちがう、違うよ祥……これは、う、嬉し泣きというか……」
「へっ?」
「さっきの人、言ってる事と、思ってる事が全く同じだったんだ。心から、ああ言ってもらえて、嬉しくてっ」
(そうか、今まで大変だったもんな)
そんな些細なことでも永緒にとっては重要なのだ。目元を指で拭う様子を見て、これまでが相当辛かったのだということが容易に伺える。
「も、もちろん祥が告白してくれたときも凄く嬉しかったよ。でも、これはまた違う嬉しさっていうか……っ、祥?」
祥は永緒を優しく抱きしめた。永緒の胸に顔をうずめると、その鼓動の音が聞こえてくる。
どうやら祥の心に意識を集中させるというのはできなかったようだが、それでも良い。今日はそれ以上の収穫があった。
だが、本当に大変なのは明日からだろう。
「今日は、皆永緒がそれ外したことにびっくりしてたから、そっちに意識がいって誰の声聞いても同じような事考えてたはずだ。でも、ヘッドホンしてないお前を見慣れると、皆バラバラの事を思ってくる」
祥は永緒の目をじっと見据えて言った。永緒も祥から目を逸らさない。
「もしかしたら、永緒のこと嫌いって思う奴も出てくるかもしれない。それでも耐えられるか?」
「――うん。祥と一緒なら、乗り越えられる」
それを聞いて祥は安心した。と同時に、確信もした。永緒なら絶対にできると。
もう少しで五時間目の授業が始まってしまうので身体を離そうとしたら、より強い力で抱きすくめられた。
「もう少しだけ、このままで良い?」
「……予鈴がなるまでなら」
「ありがとう」
すぐ近くで吐息が聞こえてきて、耳元がくすぐったい。
身体をもぞもぞと動かしていると、永緒の囁きが聞こえた。
「席替え、したくないな。ずっと祥の隣が良い」
今日は六時間目がLHR(ロングホームルーム)で、その時に席替えをすることになっている。
「何、小学生みたいな事言ってんだよ」
呆れたようにいってみせるが、これは照れ隠しだ。永緒と同じ事を考えていた、など恥ずかしすぎて言える訳がない。
「でも俺、クジ運は強いから任せとけ」
「期待してるね」
その時、校舎にチャイムが鳴り響いた。
「ほら、予鈴鳴ったから行くぞ。次紫藤先生の授業だから、遅れるとスゲー怒られる」
「うん」
永緒はようやく祥を抱いていた腕を解く。
その顔には、もう涙の痕は残っていなかった。
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