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第2話

「せい、ボーッとしてどうかしたの?」 オレの顔を覗き込む兄ちゃんの瞳、オレと同じ色をしているその瞳には、誰でもないオレが映る。小さいオレに合わせて腰をかがめてくれる兄ちゃんの優しさに気づき、オレは緊張しながらもゆっくりと顔を上げた。 「……なんでもない。それより兄ちゃん、可愛いって普通は女の子に言う言葉だよ?」 赤らめた顔も、うるさい心臓も。 兄ちゃんには知られたくなくて、オレは兄ちゃんからそっと離れて距離を置く。 本当は、優しくて温かい兄ちゃんの腕の中にいることができてとっても嬉しかった。けれど、オレには兄ちゃんに悟られてはいけない想いがあるから。照れ隠しのつもりで呟いたオレに、兄ちゃんはこう言って微笑んだ。 「女でも男でも、可愛い人に可愛いって伝えることの何がダメなの?それともせいは、俺に可愛いって言われるのイヤ?」 「……いやじゃないけど、オレももう高校生になるんだよ?可愛いからは卒業したいかなって」 兄ちゃんから可愛いって言われるのはイヤじゃないし、むしろ嬉しいこと。でも、オレも出来ることなら兄ちゃんみたいに大人の色気ってのを身につけたい。 オレも数年経ったら、兄ちゃんみたいになれるのかな……なんて、少しだけ期待してしまうのは、春のポカポカとした陽気の所為だと思う。 「可愛いからは卒業ねぇ、その考えがせいの可愛さのひとつなんだよ。せいには、せいの魅力がちゃんとあるんだから……ほら、鏡みてごらん?」 兄ちゃんにそう言われて、オレは再び鏡と向き合った。ブレザーの制服を着てるってだけで、普段とさほど変わりのないオレの姿。 童話の魔女が持つ魔法の鏡なら話は別かもしれないけれど、オレの部屋にある鏡は至って普通の魔力も何もない事実だけを映す鏡で。 「兄ちゃん、ごめん。鏡見ても、オレの魅力なんてわかんない」 自分に自信がないオレは、兄ちゃんに促されて見ていた自分の姿からスっと目を逸らしたけれど。 「んー、そう?大きくて真っ黒な瞳も、艶がある髪も、白くて綺麗な肌も。外見だけじゃなくて、ふんわりとした雰囲気、全てがせいの魅力なんだよ?」 オレの背後に兄ちゃんが立ち、肩に手を置いてオレに分かりやすいように説明を始めた兄ちゃんの言葉に、オレはドキドキが止まらないのに。 「真っ赤になっちゃって、やっぱりせいは可愛いね」 緊張と少しの恥ずかしさを感じているオレを揶揄っているのか、オレの後ろでニンマリと満足そうに笑う兄ちゃんをオレは鏡越しに見つめてしまう。 「……え、ウソ。兄ちゃんと話してたらこんな時間!?」 けれど、鏡の端に映り込んでいた時計に目をやったオレは、衝撃の事実を知り、家を出る予定の時刻が3分程過ぎてしまっていることに気がついて。 入学早々遅刻しちゃうのはさすがにまずいし、朝はちゃんと余裕を持って行動しようと思っていたのに。兄ちゃんに抱き締められて浮かれてしまっていたオレは、慌てて真新しい鞄を取ると兄ちゃんを部屋に残して大急ぎで家を出たんだ。

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