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第7話

目の前に飛び込んできた景色は、確かにオレの部屋なのに。自分の部屋だとは思えないほど、絵になる情景がオレの目に映る。 開けられた部屋の窓、春のそよ風に靡くレースのカーテン。その奥で静かに舞う桜の花びらが、それはそれはとてもキレイで。 ……オレは、見惚れてしまったんだ。 オレの部屋で、見ず知らずの男の人が上半身をさらして煙草を吸うやたらと色気のあるその仕草に。 「……えっと、失礼しました」 なんとも言えない感情と、整理のつかない脳内がオレの言動を狂わせる。思考回路が停止寸前で、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちを抱きつつもオレは謝罪をし、ゆっくりと部屋の扉を閉めようとしたのに。 「うわっ!?」 扉の間から伸びてきた手に、オレは捕まっていた。知らない男の人の胸に凭れるように抱えられ、その素肌にびっくりしたオレはドキドキしてしまう。アロマだと思い込んでいたあの甘い香りの正体は、この人のものだったんだと気づくことはできたけれど。 「逃げんなよ、噂の星くん」 声がものすごく近くに聴こえて、耳にかかる吐息がくすぐったくて。オレはこれでもかってくらい身を縮め、知らない人を凝視する。 どうして、オレの名前を知ってるの。 どうして、オレの部屋にいるの。 どうして、許可なく勝手に煙草を吸ってるの。 どうして、ちょっぴりいい香りがするの。 どうして、上半身裸なの。 ……というより、アナタは誰ですか。 聞きたいことは山ほどあるのに、声にならない疑問の数々はオレの脳内でぐるぐると回る。オレの頭がフル回転しても、答えなんて出てこないことは分かっているけれど。 「とりあえず部屋入ろっか、星」 誰かも分からない人に抱き締められ、驚きのあまり抵抗することも忘れてしまっていたオレは、投げ掛けられた言葉に更なる疑問を募らせる。 「……ここ、オレの部屋、ですよね?」 確認を取る相手が間違っている気がするし、得体の知れないこの人がオレの部屋だって知っているのもそれはそれで怖いけれど。 誰かも分からぬその人は爽やかに笑うだけで、オレの疑問に答えようとしない。それどころか、オレは半ば強引に連れられ自分のベッドに座り込むことになってしまって。 「兄、ちゃん……」 心の底から助けを求めるように、絞り出した声で兄ちゃんを呼んだオレは解放された身体をきゅっと丸めて膝を抱える。 「残念だったな、お前の兄貴は家にいねぇーよ」 小さく、本当に小さく漏れたオレの言葉に対しては反応があったけれど。それは、オレを落胆させるのに充分な重みを持つひと言で。 「……そう、なんだ」 この場から逃げ出すことも助けを求めることも諦めてしまったオレは、溢れだしそうな涙を堪えることしかできないのに。 兄ちゃんは不在だと教えてくれたその人は、オレの部屋にあるイスに腰掛けて優雅に足を組み、吸っていた煙草をキューブ型の携帯灰皿へ押し込んで笑った。

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