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第9話

「いい子だ」 優しさいっぱいの大きな手で、よしよしと撫でられたオレの頭。よく分からないことばかり言う人だけれど、この人は悪い人じゃないのかもしれないって。 そう思えた些細なやり取りは、オレから緊迫感を消して。ゆっくりと元の心音に戻りつつある鼓動に安堵しながら、オレは小さく首を傾げてこう言った。 「……アナタは、誰ですか?」 見ず知らずの人が、知人になろうとする瞬間。 ようやく出せた声は、少し掠れていたと思う。 「俺は白石 雪夜(しらいし ゆきや)白い石に、天気の雪と夜でユキヤな」 「白石雪夜、さん?」 オウム返しで名前を呼んだオレに、白石さんは頷いてくれた。膝を抱えているオレの隣りに白石さんが腰掛けてきたから、オレの視線は自然と白石さんを追って。 「俺は、青月光の高校からの同級生。なんつーか、今じゃ腐れ縁みたいなもん。俺がお前の名前を知ってんのも、光がお前の話をよくするから」 オレはまだ抽象的な質問しかしていないのに、オレが知りたかったことを白石さんはしっかり話してくれる。おまけに、とてつもなく爽やかな笑顔付きで。 「白石さんは、兄ちゃんの高校の同級生?」 「そう。でも光の家に来るのは高校以来で、今日が2回目。前に来た時は光の部屋がこっちだった気がしたから、オレはこの部屋にいたってワケ」 理解できることと、そうでないことが交差しながら頭の中を這っていく。ひとつ知るごとに新たな疑問が増えていくけれど、とりあえずオレは白石さんの間違いを正そうと思った。 「オレが……中学上がる時に、桜が見えるこの部屋がいいって、兄ちゃんに言って替えてもらったんです。だから、兄ちゃんの部屋はこの部屋の隣りですよ?」 家の裏にある小さな公園、そこに植えられた桜の木がキレイに見えるこの部屋は元々、兄ちゃんの部屋だった。でも、部屋の入れ替えをしたのは数年前だから。 白石さんが兄ちゃんの友達で、数年ぶりにこの家に訪れたなら間違ってしまっても無理はないと思うけれど。 「なるほどな、光の趣味が変わったのかと思ったわ。光に家に行くっつって連絡入れたんだけどさ、アイツ外出中らしくて。家の鍵はポストに隠してあるから、勝手に開けて部屋入ってって連絡がきたんだよ。まぁ、だから勝手にお邪魔した」 兄ちゃんが不在なことを白石さんは知っていたのに、どうして家の住人がいない間に白石さんが家に入れたのだろうって。不審さは感じていたけれど、理由を知ったオレは本音を零す。 「……兄ちゃん、酷過ぎ」 「お前の兄ちゃんが普段どんなヤツかは知らねぇーけど、俺に対しての光は常にこんなんだぞ」 「兄ちゃんは、オレには優しいですっ!」 大好きな兄ちゃんが、友達に優しく接していないなんて。確かに、兄ちゃんが友達の話をすることって、あんまりないかもしれないけれど。白石さんのことも、兄ちゃんから話を聞いていればこんなことにはならなかったのかもしれないけれど。 大好きな兄ちゃんに隠しごとをされていたみたいで、それはかなりショックなことで。オレは白石さんがいることも忘れ、項垂れてしまったんだ。

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