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第56話

恋とか愛とか、恋愛感情を抱えたヤツらはみんな重篤な病いになるのかと。ランの言葉を素直に受け取った俺は、そんなことを考えたが。 「……初めて、俺から触れたいって思ったんだよ」 『雪夜……』 「変態なのも、最低なのも、クソ野郎なのも分かってんだ……でも、傷つけちゃいけねぇーって思った。俺の手で大切にしてやりたいって、俺にそんな淡い感情を持たせてくれたのはアイツだけなんだ」 俺が求めるのは、アイツしかいない。 それがたとえ出逢って2日目だとしても、男だとしても、ダチの弟だとしても。 俺が初めて惚れた相手は、星だから。 そんな想いを乗せて呟いた言葉はおそらく、好きと同じ意味を持つのだろう。 『……電話越しに、そんないい声で告白しないでもらえるかしら?』 「何言ってんだ、お前」 『いくら最低でも、惚れ直しちゃうでしょ』 「うるせぇーよ」 できれば他人には公開したくない話を、俺は自らランに告げてしまったけれど。恥を感じている暇はなく、俺はランの声を聞く。 『明日、時間があるなら弟君と2人で店にいらっしゃい。どうせ今、貴方のところにいるんだから。貴方が惚れた相手を見ておきたいし、単純に私その子に興味あるから』 「とって食うなよ」 『それはどうかしら?』 「……クソオカマ野郎」 『そんなこと言うと、弟君を満足させてあげられる男同士のやり方、教えてあげないわよ?』 上から目線なオカマ野郎に頭が上がらないのは辛いが、ここで俺が吠えたところで良い結果は期待できない。今は我慢するしか術がない自分が情けなく思えるけれど、それが現実だから。 「……明日、家出る前に連絡入れる」 『それでいいのよ、雪夜。明日、待ってるわ』 ランの指示を素直に俺が受け入れると、ランは心底嬉しそうな声を残して通話を終了させた。 ベランダで独り、スマホを手にし佇んでみても。春の夜風に晒されるだけで、身体の変化は特にないのに。ランと話し終えた途端に心がやけに重く感じるのは、俺が僅かな覚悟を決めたからなんだろう。 俺が物事を深く捉えていなくても、人の心は如何なる時も流動的で常に移り変わる。それを身をもって実際しつつ、俺は星を起こさないようにゆっくり部屋へと戻った。 俺のベッドの隅っこで丸まって眠ている仔猫の姿は、暗闇の中でも確認できて。星が1人で寝てもこんなに余裕があるのなら、一緒に寝てやってもよかった……なんて、焦る気持ちを押し殺し俺はソファーに寝転んだ。 明日は、星が起きたら一緒にオムレツを作ろう。朝食を摂ったら部屋の掃除をし、昼過ぎくらいにランの店に向かうとして。もし時間が取れるようなら、星を連れて桜でも見に行こうと。 たぶん、まだ桜が散っていないはずの場所を思い浮かべて、俺は明日のプランを練るけれど。 思いの外、俺の身体は疲労を蓄積しているらしく、俺は様々なことを考えながら眠りへと落ちていった。

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