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第78話

嫌だとか、バカとか。 そんなの無理だって、帰るって。 俺はてっきり、そう言われると思っていたのに。 お前が抵抗してくれさえすれば、まだ冗談で済んだのかもしれないのに。 星が自ら望んで俺の傍にいることは、冗談で済ましてはいけない現実だった。 俯きながら、けれど、俺は確かに求められた。 小さな、小さな声で。 それはまるで助けを呼ぶように、か細くも柔らかな手が俺だけを求めて伸びてくる。 少しばかり潤んだ漆黒の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめた瞬間……もう、どうにでもなれと口元が緩んだ。 小さい星に覆い被さるようにして、助手席のリクライニングを倒しながら唇を奪い、お望み通りに星の小さな唇を貪った。 舌を絡めてやったけれど、上手く呼吸が出来ない星は苦しそうに眉を寄せて。それでも、欲しいと強請る姿があまりにも可愛くて。 触れては離し、交わる2人の熱と吐息。 互いの熱くなる呼吸とは裏腹に、雨に濡れた身体はいつの間にか冷えきっていた。 この先を求めたい気持ちに蓋をすることは簡単なことではなかったけれど、体調を崩させるようなことはしたくなくて。 薄くて甘い唇から名残惜しく身を引いた俺は、車を出す前に本当に帰らなくていいのかと一度だけ星に訊ねたのだ。 しかし、こくんと小さく頷いた星の意思は決まっていたらしく、親には連絡を入れるように伝えて俺は車を走らせた。 高校生とは言えど、星はまだ子供だから。 数ヶ月前まで中学生だった男の子を半ば誘拐するような気分は、心地の良いものではなかった。 それでも、なりふり構わず欲してしまった相手を今更手放すわけにはいかない。 例え、俺のこの行為が略奪愛だと思われたとしても。男同士で有り得ないとか、偏見の目を向けられたとしても。 ……そんなもん、知るか。 で、この時の俺はどうにでもなると本気で思っていたから。無言が続く車内で、星は何も言わずに俺の家に着くまでずっと雨に濡れる外の景色を眺めていた。 不安そうな、それでいて何処か大人びた表情で。 おそらく、無自覚に放たれている星の色気。 あどけない笑顔は、そりゃもちろん可愛いけれど。大胆かつ繊細で、触れたら壊れてしまいそうな純粋さが放つ独特な雰囲気は、今まで抱いたどの女より魅力的に感じてしまう。 人を大切に扱ったことなど未だかつてない俺にとって、星の存在は特別なんだと思い知りながら家路を急ぐ時間。 様々な考えが浮かんでは消えていき、冷え切った体を温める手段を模索して。 どれが正解なのかも分からない選択を一頻り出し終えた頃、止む気配のない雨に再び濡れながらもなんとかして俺は星を連れて自室まで辿り着いた。 そうして、家に着いた俺は靴を脱ぐなり嫌がる星の手を強引に引っ張って。無理矢理風呂場へと押し込むと、とりあえず先に星だけシャワーを浴びさせたのだ。 ……でも。 どーするよ、俺。

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