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第92話

兄ちゃんなのに、兄ちゃんじゃない。 恐怖でカラダが震えていく気がするけれど、オレが兄ちゃんを怒らせてしまったのは確かだった。 家族に嘘をついたのはオレだから、オレが悪いのは分かる。でも、白石さんとの関係を問われると、オレが何故こんな状態にならなくちゃいけないのか分からない。 「ちゃんと話す、から……離してっ!!」 まずは落ち着いて事情を説明しなくちゃって、そう思ってジタバタと暴れてみるけれど。抵抗すればするほど、兄ちゃんの力は強くなる。 「ッ…痛ぃ、にぃ…ちゃんっ!」 オレは怖くて、何がなんだかわからなくて。泣きそうになるのを堪えながら、オレを離してくれない兄ちゃんを睨みつけた。 「簡単に離すわけないでしょ、俺に嘘ついたお仕置きはしっかりしなくちゃね。そうやって涙目になって、上目遣いでアイツを誘ったの?白い肌を差し出して……それとも、アイツにもこうやって無理矢理された?ユキと何処までしたの?アイツの匂い、カラダにしみ付けてさ。2日間も、家族に嘘ついてまで……そんなに、アイツの、ユキのカラダがいい?」 「っ!!そんな、つもりじゃっ……」 「アイツ、相当女抱いてるから。女に飽きて男も試してみたくなったんじゃない?せいは可愛いから、アイツの相手に丁度いいだろうし。だからアイツはせいのこと、セフレの1人としか思ってないと思うよ?」 兄ちゃんの声が、言葉が、理解できない。 白石さんが兄ちゃんの友達だってことは知ってる、でも、兄ちゃんにこんな人格があったなんてオレは知らない。兄ちゃんの話が本当なら、白石さんの言っていたことは全部、嘘、なんだ。 ……嘘。 白石さんは、オレが初めてだって言ってたのに。 やっぱり、全部、嘘なんだ。 「せい、俺はせいが好きだよ?なのにさ、なんで他人のモノになっちゃったの?せいは、俺のことが好きだったんじゃないの?」 「兄ちゃん、なんで……」 オレの思考回路を無視して次々にやってくる兄ちゃんからの問いに、オレは答えることができないまま。白石さんしか知らないはずのオレの気持ちを、どうして兄ちゃんが知っているのか聞きたいのに、声が、出ない。 「せいを見てれば、すぐにわかるよ。俺はせいのお兄さんだから……どうしたの、せいは何を脅えているのかな?大好きなお兄さんに、押し倒されてるんだよ?嬉しいでしょ?」 そう話す兄ちゃんの目は、少しも笑ってなんかいなくて。一向に離してもらえない腕も、今まで兄ちゃんのことを大好きだって思っていた心も、白石さんのことを信じていた気持ちも、全てが、痛く感じた。 白石さんに抱き締めてもらった時は、こんな痛み感じなかったのに。好きだって思っていた兄ちゃんが恐くて、でも家にはオレと兄ちゃんしかいなくて。 兄ちゃんの冷たい視線がゆっくりオレに近づき、そして唇が触れ合いそうなほどの距離が埋まる。 「兄ちゃんっ!やめっ……」 このまま兄ちゃんに、キスされるのかなって。 なんでだろう、オレは白石さんがいいなって。 ……白石さん、助けて。 そう心の中で叫んだ時、オレは幻聴を聞いた。 「光、やり過ぎ」

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