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第132話

「星」 名前を呼ばれるだけで、ドキドキする。 何もかも忘れてしまえそうなくらい、今のオレは白石さんで埋め尽くされているような気分。 離れた唇が形を変え、ゆっくりと言葉を放つ時。 時間が止まるような感じがして、オレは白石さんの瞳をジッと見つめてしまう。 「……お前は、俺だけ見とけよ」 言われなくとも、オレは白石さんだけを見つめている。でも、白石さんの淡い色の瞳が少しだけ不安そうに揺れたから、オレはコクリと頷いたんだ。 弘樹に気移りするなんて、そんなこと有り得ない。有り得ないと思うけれど、その気持ちを保証出来るものは何もない。 だからオレは、少しでもこの想いが白石さんに伝わるように、自分から白石さんの額にオレのおでこを重ねて目を閉じた。 白石さんの言う通り、今はまだ弘樹の言葉に甘えてしまおう。心の整理はちゃんとするから、だから今だけは……この温かな感情を大切に、大事に、したいんだ。 「いい子だ」 そう言われ、撫でられた頬は赤くなる。 ちっともいい子じゃないオレを、白石さんは甘やかしてくれる。 弘樹のことから目を背けて、目の前にいる白石さんのことを考えて。心の片隅に小さく居座った罪悪感から逃げるように、オレは白石さんから離れることができなかった。 「……このままこうしてると、お前こと喰っちまいそうだから買い物にでも行くか」 どのくらいの間、オレは白石さんにくっついていたんだろう。白石さんの呟きで我に返ったオレは、コクコクと頷いて。 「買い物、行きたいです」 恥ずかしさを隠すためにオレがそう伝えると、白石さんはクスッと笑いオレの肩から手を離す。 「俺もお前も、気分転換には丁度いいからな。今日の夕飯の買い出しと、足りない食器類買いに行くぞ」 どうやら、今日のメインのナポリタンの材料を買う為に、オレと白石さんは今から買い物に出かけるらしい。 弘樹のことを悶々と悩んで考え込んでいても、抱えた罪悪感を消し去ることはできない。同じように白石さんのことだけを考えても、オレの心もカラダも幼過ぎて……なんというか、このままだと心臓がもたない気がする。 白石さんと二人きりで出かけるってのも、それはそれで緊張するけれど。それでも、部屋に篭っているよりかは些かマシだとオレは思ったんだ。 でも、身支度を整え始めた白石さんの姿を見るなり、オレはこの人の隣を歩けるのだろうかと不安になってしまった。 オレを迎えに来た時の白石さんの服装は、ジーンズに白のカットソーでラフなイメージだったのに。その上からサラリと黒のジャケットを羽織り、髪を緩く結び終えた白石さんは、落ち着いた大人の雰囲気を醸し出しているんだ。 白石さんが何を着ても似合うのは知っているけれど、オレが白石さんの隣を歩いたからといって、オレも白石さんと同様に洒落た人物になれるわけではないから。 こんなことなら、家を出る前にもう少しちゃんとした服装を考えれば良かったと。オレは自分の姿を上から下まで眺めてから、白石さんに気づかれないように小さく溜め息を零していた。

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