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第140話

まだ言葉にしていない想いを伝えるのなら、今のシチュエーションは申し分ない。ロマンチストなワケじゃないけれど、こういったことには俺だってそれなりに気を遣う。 つい先程まで、何気なく、たわいもない会話を繰り返していたのに。お互いの温もりに触れた瞬間、俺たちは言葉を見失ってしまった。 それでも、伝えたいことがある。 高鳴る鼓動の音をできるだけ無視して、緊張感を拭い去って。夕陽を見ていた瞳が俺に向くように、星の腰に手を回してそれとなく体勢を変えさせる。 「白石、さん」 すると、恥ずかしそうに俯きながらも俺の名を呼ぶ仔猫が一匹、俺の腕の中にやってきたから。 「んっ…」 まるで、これが必然かのように俺は星の唇に口付けた。 このまま、触れた唇をそっと離し、名を呼んで。俺が初めて、本気で告げるある言葉を言おうと決意した時。 ───ヴイィィィン。 物凄く荒いバイブレーションが部屋中に鳴り響いたかと思えば、ソレに驚いた星が俺の唇に噛み付いて。 「……ッ」 一瞬、ピリッと走る痛みに眉を寄せた俺は、なんともやりきれない思いで唇を離すしかなかった。 「あのっ、あの……ごめんなさいっ!オレ、びっくりしちゃって……えっと、その、スマホ、コレ、鳴ってるの、白石さんの、です」 俺が唇を離した途端に猛スピードで頭を下げた星は、あたふたしながらテーブルの方へと移動し俺のスマホを手に取った。そして、左手で唇に触れ、傷を確認している俺の元にスマホを手渡しつつも、バツの悪そうな顔をしたのだ。 告白しようと意を決しったはずの時は、もう返ってこない。それどころか、代わりに手渡されたのは煩い音を立てて鳴り続ける俺のスマホだった。 ホーム画面上に、早く出ろと云わんばかりに主張してくるカタカナ2文字を見つめて。俺は大きな溜め息を吐き、星に渡されたスマホを持ってベランダへ出ると仕方なく、本当に仕方なく、通話ボタンをタップした。 「……殺すぞ、オカマ」 電話は、ランからだった。 『なによっ、心配で電話してあげたのに、なんでいきなりそんなこと言うのよっ!!』 「ギャーギャー、うるせぇーオカマ野郎。マジ最悪、すっげぇー気分悪ぃー」 『光ちゃんにちゃんと話して星ちゃん手に入ったから、抱き方教えてくれって言ってきたのは貴方でしょっ!!』 ……あー、そういやそうだな。 この間バイト帰りにランのとこ行って、色々と話してヤり方教えてもらったんだった。 と、それなりに思い出してきた事柄を、俺は心の中に閉まったままランの声を聞く。 『だからね、ちゃんと出来たか心配で連絡したの。それなのに、それなのによ、なんなのッ、その態度!』 「お前マジ、タイミング悪過ぎ……てかさ、お前心配って誰に向かって言ってるワケ?」 『……雪夜、電話越しでも貴方のオーラって怖いのね』 「そう思うなら、とりあえず明日の夜まで連絡してくんな。今度こんなマネしたらマジで殺すぞ、じゃあな」 『あ、ちょっ、ゆ……』 何か言いたげなランとの通話をブチッと切ると、俺は溜め息を吐き夕日に目をやった。 あぁ……イイトコだったのに。

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