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第8話

緊迫感を感じているのは、きっとオレだけなんだろう。 なんで、どうして、と。 現状を把握して理解しようと試みても、分からないことが多すぎて。ただ時間が過ぎていくのを待つだけのオレは、目の前にいる他人へと目を向けた。 なんでこんなことになっているんだろうとか、そもそもこの人は誰なんだろうとか。沢山ある疑問を頭の上に並べてオレが男の人を見つめること、5秒間。 「俺が誰だか、知りたい?」 「……うん」 クスっと笑ってそう問い掛けられたオレは、素直に頷いた。けれど、すぐに返答はなく、男の人は洒落たデザインのTシャツを手に取り服を着て。 「お前が知りたいこと、全部答えてやってもいいけどその代わり……お前はこれから俺の言うこと、なんでも聞けよ。今日からお前は俺のいいなり、因みに拒否権はねぇーからな」 やってきた返答は、理解に苦しむものだった。 オレの幼い頭では、どうしたらいいのか答えなんて出てこない。知りたいけれど、この人に何をされるか分からないし……それに、教えてもらう代わりにいいなりとか意味が分からないし。 もしもオレがいいなりになったとして、人を殺せとか言われたらどうしよう。もうニ度とこの家に帰って来れなかったり、外国に売り飛ばされたり、この人に殺されりしたらどうしよう。 ……どうしよう、どうしよう、どうしよう。 「星、どうする?」 色々と考えすぎるあまり、黙り込んでしまったオレに優しい声色で語り掛けてくる人。さっきまではオレが言葉を待っていたのに、今は立場が逆転している。オレの返事を待つ人は、名前も知らない男の人だから。 でも、結局。 オレはなにも応えることができずに、唇を噛んで視線だけを向けるしかなかった。オレの長い前髪が邪魔をして、男の人の顔はよく見えなかったけれど。 その表情は、とても優しく笑っているようにみえて。なぜだかさっきまで感じていた緊張感が、ふっと解けていく感じがした。 兄ちゃんとは違う、ふわりとした栗色の髪。 その髪が窓から入ってくる陽の光に照らされて、こんな状況なのにオレはキレイだなって思ってしまったけれど。 「んな顔しちゃって。唇、切れちまうだろ」 返答に困っているオレは、自分でも知らないうちにかなり強く唇を噛んでいたようで。発言とともにイスから立ち上がった男の人は、オレとの距離を縮めていく。 「……っ」 「お前を悪いようにはしねぇーよ、約束する」 オレの唇を撫でるようにして、スっと伸びきた長い指。触れられた驚きなのか、真剣な眼差しで見つめられているからなのか……理由は不明だけれど、高鳴る鼓動は張り裂けそうなくらいにうるさく響いてドキドキが止まらない。 「ラストチャンスだ、もう一度だけ訊いてやるよ。星、お前は俺を知りたいか?」 得体の知れない人、得体の知れない感情。 オレが知らないことだらけのなかで、オレが求めるものはなんだろう。 そう考えるよりも先に、オレは耳元で囁く人の言葉にゆっくりと頷いていた。

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