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第72話
ランさんにお礼を言って、お店を出た白石さんに連れられ、オレは公園にやって来た。日本庭園風の結構広い土地、その真ん中には池があって、その池を桜が囲うように並んでいる。
お花見やお散歩コースに最適そうな場所で、白石さんは何をするわけでもなく公園のベンチに腰掛けた。
「ここの桜は、まだそんなに散ってねぇーな」
呟いた白石さんの隣りで、オレは少しだけ遠慮しながら白石さんの横にちょこんと座る。
少しずつ暗くなっていく空と、公園のライトに照らされる桜。オレの目に映る風景は、とても綺麗で開放的なのに。
……なぜだかオレは、切なくなってしまうんだ。
このままキレイな景色だけを見つめていたいと思うのは、間違った考えなのかもしれないけれど。オレが今、感じている不安や小さな胸騒ぎには目を瞑りたくて。
モヤモヤした気持ちを振り払うように、オレは白石さんに声を掛けていく。
「……あの、白石さん」
「どーした?」
……そんなに優しい声色で、オレに問い掛けないで。
心に感じるモヤモヤした感情に、オレはまだ気づきたくないから。優しくされたら、不安定な想いが崩れてしまいそうだから。
「オレ、拒否権ないって白石さんに強制的に連れてこられましたけど、お泊りすごく楽しかったです。えっと、ありがとうございました」
「気にするな、俺が好きでやったことだし。お前が楽しかったなら、そんで充分」
……だから、やめてってば。
最初は、どうなることかと思った。
拒否権がないのも、泊まりの約束も、二人で料理をしたのも、ランさんのお店に行ったのも、今だってそうなのに。
白石さんと一緒にいると、安心して緊張する。
でも、それは悪い感情じゃないことだけは確かで。
「どうしてっ、どうして白石さんは、オレに色々してくれるんですか?」
悪いようにはされていない実感があるからこそ、ガラリと音を立てて崩れ落ちる想いは止まらない。
確かめちゃいけないって、頭のどこかで思っていた。オレが兄ちゃんの弟だからとか、明確な理由を告げられるのが怖かったから。
それなのに、尋ねてしまった時間は戻せなくて。いつの間にかオレとの距離を詰めていた白石さんは、オレの耳元でこう言ったんだ。
「……お前が、可愛いから」
囁かれた声が甘くて、思わず身を縮めたオレの耳を白石さんにカプッと甘噛みされて。
「…ッ、ここ外っ!!」
「誰も見てねぇーよ」
アタフタして戸惑うオレを見て、白石さんはニヤリと楽しそうに笑うだけだった。そんな白石さんの言動が、オレの心を動かしていることを白石さんは知らない。
……それが、寂しかった。
「白石さんは可愛い子だったら、誰にでもこんなことするんですか。可愛い人ならっ、き、キスもしちゃうし、昨日みたいに抱きしめたりするんですか」
「……星」
「女でも男でも白石さんには関係ないんですか、可愛ければいいんですか。オレは初めてのキスも、こんなに意地悪されたのも、優しくされたのも、白石さんだけなのにっ!!」
風が吹く、桜はひらひらと散っていった。
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