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第84話

散々なことを仕出かしたように思えるが、それに費やした時間は思っていたより短かった。肩で息をし、片腕で目元を隠してソファーに受け止められている星は俺を見ようとはしないけれど。 「……白石、さん」 星は、なんとか整えた呼吸で小さく俺を呼ぶ。 そして、脱力したもう片方の腕を伸ばし、キュッと俺の服を掴んで。 「嫌いに、ならないで……」 そう、呟いたのだ。 星はおそらく、自分で自分を認めてやれないのだろう。経験したことのない刺激に、その快感に流され、されるがままに乱れ果てたのだから。 大人な部分、子供な部分、その両方を合わせ持つ歳頃の星。伸ばされた手は、まるで助けを求めるように俺を掴んで離さない。 そんな仕草や、僅かな言葉で。 俺を繋ぎ止めようとせずとも、俺がコイツを嫌いになることはないと伝えてやるため、俺はできる限り優しく星に寄り添った。 「大丈夫だ。俺が好きでやったことだから、お前のどんな姿見たって俺はお前を嫌いになんねぇーよ」 「本当、に?」 「ホントに、嘘ついても意味ねぇーだろ」 俺は、どうやら信用されていないらしい。 俺が問い掛けても星からの反応はなく、俺は白濁に塗れた手をティッシュで拭き取っていく。 この状況。 なんとも情けない結末が待っていただなんて、俺は予想できなかった。それが悔しくも、情けなくもあり、星に服の裾を掴ませたまま俺がテーブルに置いておいた煙草に手を伸ばしたときだった。 「……ふふ、えへへ」 背後から聴こえてきたのは、微かな笑い声。 おそらくその声の持ち主は星だと思うが、いきなり笑い出されてしまうと俺は困惑してしまう。 「……お前、大丈夫か?」 一周回って可笑しくなったのか、とにかく笑って解決しようと試みているのか……はたまた、本当に可笑しくなってしまったのか。 原因不明の奇妙で可愛くもある星の笑い声を聴いているうちに、俺は悩んでいる自分がバカらしくなって。とりあえず煙草に火を点けた俺は、苦笑いしつつも一呼吸目を吸い込んだ。 「オレ、なんか疲れちゃいました……けど、なんででしょうね……白石さんといると、やっぱり安心しちゃうんですよ」 ぽつりぽつりと誰に言うわけでもなく話しだした星は、ソファーから起き上がったのだろう。僅かに沈んだソファーから、俺がそう認識すると。 「恥ずかしいから、まだこっち見ないでください……白石さん、オレは白石さんの言葉を信じようと思います」 「星……」 俺の背中にぴたりと寄り添ってきた星は、遠慮がちに俺の腰に腕を回す。 「白石さんの煙草の匂い、落ち着きますね。オレ、どうしたらいいか分からないことばかりだけど、今は白石さんとこうしていたいです」 大人しく煙草を咥え、星の声を聞く俺が、この愛らしい言葉に救われたことは言うまでもないだろう。 「ありがとう」 自然と洩れた感謝が、星の心に届くことを願って。顔は見えずとも、感じ取れる暖かな感情を今は胸にしまい、俺は同時にあることを決意した。

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