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第116話
初体験といっても、俺の中で記憶に残るほどの体験ではなかった。たったひと言、ある言葉を除いては。
「ただ、その人に言われた言葉だけは今でもはっきり覚えてんだよ。愛なんてなくても、セックスは出来るのよ……ってな。ソイツとはそれ一回きり、これが俺の初体験」
幸か、不幸か。
純粋に身体のみの関係を知り、良くも悪くもそれ以上を求めてこなかった過去。わざわざ他人に話す内容でもないのに、興味深々で耳を傾けていた康介は急に大人しくなって。
「……なぁ、本当にそんなことってあるのか?」
自身の過去と俺の過去を比べた結果、俺の過去話は康介の中で信用に値しなかったらしい。
「俺はあったけど、信じるか信じねぇーかはお前次第なんじゃねぇーの。俺は事実を話しただけだから、お前がどう思おうと知ったこっちゃねぇーし」
今更、過去の行いを悔いても仕方がないことだ。開き直るくらいの方が俺にとっては丁度いいのだが、俺のそんな態度が康介の癇に障ったのだろう。
「お前、人に興味ないくせにっ!なんでそんときだけホイホイついてって、あっさりヤってんだッ!?」
言われてみればご最もな質問なのかもしれないが、当時の俺は今より随分と若かった。
「人に興味はねぇーけど、単純に女のカラダに興味はあったから。だって中坊だぜ?そりゃ見れるなら見るし、ヤれるならヤるだろーが」
康介のように自ら必死で足掻くことはなかったけれど、それなりに持ち合わせていた探究心とタイミングが重なり合った過去だと思う。
それにしても、若気の至りで済ませていることを掘り返されていく気分は良いものではなくて。
「でも、そんな状況で素性も知らないような相手と初めてのコトに及ぶかねぇ……病気持ってたりしてたら、どうすんだよ?」
「あー、それヤった後に気づいて。保健所行って病気もらってないか調べたけど、大丈夫だった。イエーイ、思春期バンザーイ」
半ば投げやり状態で康介と会話していく俺は、かなりの棒読みで康介にそう告げていた。
「……お前ってなんかすげぇのなぁ、そんな経験してたら誰でも落ち着くわ」
こんな人間に、なりたくてなったわけじゃない。強いて言えば、俺には落ち着かざるを得なかった背景があるだけだ。歳相応の物の考え方をして、無邪気に夢を追えていたなら……俺はここまで、性根の腐った人間ではなかっただろう。
全てが家庭環境のせいだとは言い切れないが、どのような周囲状況で育つのかによって、子供の成長は大きく変化する。
俺の場合、他人よりも早く大人になることを余儀なくされた。何にも期待することなく、色々な事柄を諦めて育つことを覚えてしまったから。
「まぁ、クソ兄貴がいっからな。保健所のことも、あの野郎が定期的に性病検査しに行ってたから知ってただけだし」
それもこれも、俺の上にいる兄貴たちが悪いと。投げやりな気持ちで吐き出した言葉に、 俺の事情など知らぬ康介は何の疑いも持たずに話を進めていく。
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