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第126話

「アンタに敵わなくても、俺は頑張りてぇ……触れないのは辛いけど、好きなようにしていいなら俺にもまだチャンスあるかもだし。でも、アンタ心配じゃないんッスか?」 いくら条件付きとは言え、必ずしも弘樹がその条件を守るとは言い難い。当然のことながら、心配じゃないと言えば嘘になるのだが。 「お前が全力を出して足掻いたところで、アイツは渡さねぇーよ。ただ、俺が毎日アイツの隣にいてやることは物理的に不可能だからさ」 情けない俺の、せめてもの強がり。 「……お前がアイツの傍にいて、俺がアイツの隣にいないとき。もしアイツに何かあったら、その時は……弘樹が、お前が星を守ってやって」 素直で純粋な仔猫の友達は、種類は違えど同じような強い心を持っている。だからこそ、俺は弘樹を信用したのだけれど。 項垂れていた弘樹はガバッと勢いよく顔を上げると、ポロリと流れ落ちた一筋の涙を隠すようにゴシゴシと目を擦る。 そして、何かを決心したかのように。 「……任せてくださいッ!!やっぱり俺、アンタみたいな人になりたいっ!!」 爽やかに笑いながら、弘樹は俺にそう言ったのだ。 売られた喧嘩は買う予定で、俺はこれまでの時間を過ごしてきたのだが。まさかこのよう結末が待っていたとは考えもつかなかったため、俺からは苦笑いが漏れていくだけだった。 「俺、アンタとセイの関係を壊してセイを奪いたい。でも、アンタがすげぇカッコイイこと言ってくれたから……だから、俺も見習う。アンタとセイのことは、俺だけの秘密します」 「見習うって言われてもな、俺まだ19なんだけど……でも、お前の気持ちには感謝する。ありがとな、弘樹」 「やっぱ、アンタはすげぇ強敵ッスね」 あどけない顔で笑って見せている弘樹だが、男としてのプライドはズタボロなのだろう。それでも、強がって意地を張り、己を奮い立たせなきゃならないときもある。譲れない想いは、怖気付きそうな心に効く一番の薬だ。 今の弘樹の気持ちを汲んでやれる俺がいるのは、数日前に最強の敵に立ち向かった経験があるからで。今日のこの一件も、そのうちあの悪魔に報告しなきゃならないことを考えると溜め息が零れ落ちる。 たった一人の存在に、さまざまな人間の想いがこんなにも交差するなんて。星と出逢うまで、何にも興味を持つことができなかった俺には、考えもつかないことだった。 弘樹と話している今でさえ、俺の頭の中は星のことで溢れている。しかし、俺はそれを面に出すことはしなかった。最初の一口を飲んだ後のアイスコーヒーは減らないまま、箱の中の煙草の本数だけは確実に数を減らしたけれど。 隙間の空いた煙草の箱を手に取ったとき、僅かに軽くなったそれが、弘樹との会話の重要性を俺に教えてくれた気がした。 大人になりきれずに、それでも足掻いているのはおそらく、弘樹よりも俺の方だったのだろう。歳下相手に無様な姿は見せられないし、見せる必要もないのだから。

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