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第142話
先程までは暖かく感じていた夕日が、今は何故だか酷く癇に障る。それもこれも全てはあのオカマが原因なのだが、込み上げてくるイライラを星に押し付けても意味がないと思った俺は、分かりやすく項垂れながら部屋へと戻ることにした。
すると、当たり前のように黒猫のぬいぐるみを両腕で抱えた星がポツリと立っていて。
「白石さん……えっと、あの、ごめんなさい。唇、痛いですよね……いくらびっくりしたからって、オレ……その、ごめんなさい」
星にそう言われて、口内に微かに広がる鉄の味を確認した俺は力無く笑った。
星が悪いワケじゃないし、コイツが謝る必要もない。こんなにバツの悪そうな顔をして、気を遣わせて……それでも、愛らしくしょんぼりと佇む姿に申し訳なさと悪戯心が湧き上がる。
「……悪いと思うなら、お前で俺を癒して」
本音を言うと、情けない自分を見せるのが恥ずいだけ。告白すら真面にできない俺を、真っ直ぐに見つめてくる純粋な瞳。ソレを、直視するのが恐かったから。
ご丁寧にソファーの前で突っ立ている星の肩に頭を乗せた俺は、はぁーと大きく息を吐いた。
「え、あの……白石さん?」
「……電話の相手、ランだった」
「ランさん、だったんですね」
癒しと、ランと。
全く関係性のない話題についてこれない星は、戸惑いを隠せない様子で名が決まったステラをギュッと握ってしまう。
だから俺は軟らかくその手に触れ、照れ隠しや色々な感情を排除するようにソレらしい嘘を並べていく。
「星ちゃんに会わせてぇーって、うるさかったからすぐに電話切ってやった。それと、唇はそんなに切れてねぇーからお前は謝んなくていい」
「いや、でも……」
端切れの悪い星からの返事、モゾモゾと俺の手の中で動く星の指。大丈夫だと告げるよりも、今は行き場に迷っているその指に俺の指先を絡めていくことを優先する。
言葉にすれば早いものを、わざわざ遠回しに伝えるとき。本当に肝心なのは人の温もりなのかもしれない、と……そんなことを考えながら、俺は一刻も早く苛立ちや恥が消えていくことを願った。
「白石さん、あったかい、です」
「ん、俺も」
ランからの電話で途切れてしまった時間を取り戻すような、まるでなかったことにするかのような、お互いの存在だけを確認する時間が流れていく。
それは、安心感と緊張感が混ざり合った、なんとも心地よい空気感だった。
「……星、俺さ」
今なら言える、と。
そう思ったタイミング。
「クシュンッ」
ビクンと小さくカラダを震わせた星は俺の告白を遮り、ついでにステラを落として両手で鼻を押さえながらくしゃみをしてしまった。
……告白も何も、あったもんじゃない。
俺の心の中の声は、虚しさを通りすぎて笑い出す。どれだけムードを作り上げても、邪魔が入れば意味がないし、そもそも俺が独りで焦ったところで星には届かない。
ラグに転がるステラはかなりの不格好、その姿は今の俺とよく似ているけれど。
「可愛いくしゃみすんのな、お前」
目の前にいる仔猫さんは、しっかりと俺の心を癒してくれたようだから、今は良しとしてやろうと思う。
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