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男とラブホに入ろうとしてるのがわんこ属性の親友に見つかった件
今日出会った相手は、少し親友に似ていてラッキーだと思った。
とりあえず背格好が少し大きめなあいつに似ている。朗らかな笑顔も、分類上は似てると言えなくもない。
腰を抱かれて、ラブホの部屋を選ぼうとしていたその時。
「なんでラブホなのよ、さいってー!」
ホテルの入り口でケンカする男女の声が聞こえる。思わず振り返ったのは、女の子の声が少し震えていたせいだ。状況によっては助けが必要かもしれない。
「大丈夫、カラオケもあるし、そのままエッチできるし、とりあえず、身体の相性試しとこうよ!」
男が笑顔で親指立ててる。
バカだ。バカがいる。誰がどう見ても、あの男、バカだ。そしてそのバカの顔を、俺は知っていた。そう、嫌になるほどよく知っていた。
……カケル……?
「あなたがそこまで下の緩い男だって知ってたら、デートなんてしなかったわよ!!」
半泣きの叫び声がして、走り去る小さな足音。
確かに、今回の子は、遊び慣れてそうな見た目の割に、印象がかわいらしかったんだよ。友達の雰囲気もおとなしめの子が多そうだったし。遊んじゃいけないタイプじゃないかと心配してたんだけど……まさかこんなリトマス試験してたとは……アホじゃねぇ? 初めてのデートで待ち合わせ後すぐにホテル来るかよ。
俺の予定は昨日の時点で決まっていた。カケルも今日デートと知った時点で、わざわざ鉢合わせしないようにアイツのデートの待ち合わせ時間聞いてたってのに。
絶対アイツの来ない時間帯、待ち合わせ前三〇分から、デート開始から一時間半の二時間の隙間を狙ってきたって言うのに。お前なんで待ち合わせから一五分でこんなトコに到着してるの、なぁ、お前、バカなの。
と、思わず、一部始終をガン見してしまったのが運の尽き。親友がアホなら俺も相当のアホだ。
走り去る彼女を見送った親友は、頭をかきつつ肩を落とすように息を吐いてから、「すみませーん、お騒がせしましたー」、等とへらへら笑いながらこっちに顔を向けやがった。
おれはアイツをガン見してたわけだから、当然、目が合うわな。
「……あ、あれ? もしかして、ケイ……?」
今日も顔を合わせた親友が目の前にいたら、たとえ数メートル離れていようが、気がつくわな。
とりあえず、人違いですと、無視しようとしたら、
「けぇぇーーーい!!!」
と、情けない声をあげて抱きついてきた。
ねぇ、お前、ほんと、バカなの。なんで男と並んで部屋選んでる俺に抱きついてくんの?そこは見ぬふりして遠慮するところだろ。コイツがどんだけデリカシーのない男か、俺は知ってた。知ってたけど、これはあんまりだろう。
身体に腕を回された瞬間、ぐいっと親友の胸を押して、身体をよじって逃げる。
そして「行こう」と、連れを促した瞬間。
「お、おま……!! 無視すんなよぉぉ!! ケイぃぃい! 俺を置いていくつもりかよ……!!」
でかい図体でわめきながら腕に縋りついてきた。
うぜぇ。ほんと、コイツむちゃくちゃ可愛くて、うぜぇ。
「……知り合いか?」
親友に縋りつかれる俺に、連れが耳打ちをする。
彼と、親友を交互に見てから、深い溜息をつく。
「……悪い、今日は、なかった事に出来るか?」
「俺が何とかしようか?」
少し低い声で、親友に聞かせるように連れが言ったが、逆効果だった。
「ケイ!! 俺を見捨てんなよ……! ふられた俺を慰めてくれよぉぉぉ!」
お前が振られた事なんか全然気にしてないの知ってるんだぞ。と、言ってやりたいが、コイツ絶対俺を離す気がなさそうだ。
「……いや……」
首をかしげて俺を気遣う素振りの連れに、わずかに逡巡してから、溜息をつく。こんなトコでこれ以上騒ぎたくないし、この人を巻き込むのも気の毒だ。そして連れの耳元で告白した。
「……惚れたヤツに、この状況を見られて、今日は勃つ気がしない……」
連れは目を見張って俺の顔を見た。
「マジか?」
「……申し訳ない」
真顔で頭を下げると、彼は困ったような笑みを浮かべた。
「……いや、あんたも大変そうだな。健闘を祈る。……じゃあな」
哀れみを込めた目で、ぽんぽんと肩を叩かれたのが、地味に胸にこたえる。
ここでこんな気を使ってくれるなんて、思った以上にいい男だったんだなぁ。惜しい。このバカのせいで。
「ああ、ありがとう」
手を振ると、彼は一人で出口へと向かった。
ホテルの入り口に、俺とカケルだけが残された。
「なあ、もしかして、お前、ホモだったの? あれ、彼氏か?」
「ちがう」
腕にしがみつく親友を引きはがそうと四苦八苦しながら、何でもないふりをして答える。
「でも、ホテル……」
なんでか恨みがましそうな目で見られながら、腹をくくって今まで隠していた事を、出来るだけ何でもないように、さらっとカミングアウトする。
「……そういう目的だけの相手」
「え、じゃあ、ケイ、男いけるのか? じゃあさ、俺と付き合おうよ!!」
「は?」
なんでそうなる。そういう流れだったか? いや違う。絶対違う。
「俺、今日からケイの彼氏な!」
「は? お前、ほんと、前からバカだバカだと思ってたけど、ほんとにバカだな」
「なんでだよ!」
「うるさい。とりあえず、でるぞ」
「えー! せっかくホテルいるし、付き合う記念に入ろうぜ!」
「入らねぇよ」
親友との会話にすごく疲れながら、コイツほんと、くそバカ可愛い、とか思う自分が辛い。お前と遊びで付き合えるほど俺の気持ちは軽くねぇんだよ。突っ込めるなら男でも良いのか、この腐れチンコが。
「なんでだよー。とりあえず、はいっとこうぜ!」
「入らねぇ!」
入る入らねぇと押し問答をしていると、他の客が来て、結局、人前でまで男同士の痴話げんか(?)を見せるわけにもいかず、親友に負けて二人でホテルに入る事になった。
「……で、さっきの男、何? そういう目的の相手って、セフレ?」
めちゃくちゃ笑顔で詰め寄られてるんだけど、声がガチで怒っている。めちゃくちゃドスがきいてるんだけど。目が笑ってないっての、きっと、こういうのを言うんだろうな。目はチェシャネコだけど、すごく睨まれている気分になる。
「そんな感じ」
「そんな感じって、どういうことだよ」
投げやりに答える俺に、笑顔で取り繕う事をやめたカケルがむっとした様子で詰め寄る。
……バレたんなら、もう、どうでも良いか。いっそ、嫌われた方があきらめもつくかな。
今まで必死に隠してきたのがだんだんとばからしくなる。こんな所へ連れ込んでおいて、責められる理不尽さにも腹が立つ。
……腹を立ててないと、きっと、泣いてしまうから。
俺は殊更いらだった声を上げて怒鳴った。
「……その場限りって事だよ! 後は相性次第。お前には関係ないだろ」
「関係ある。さっき俺、お前の彼氏になったし」
勢いを抑えて反論する声が、返ってカケルの怒りを表しているようだ。感情的なカケルが怒りを抑えて俺に詰め寄っている。
惚れた相手に他の男とホテル入ろうとするの見られて、ゲイだってバレて、理不尽に責められて……どんな罰ゲームだよ。
目をそらし、うつむいたままカケルの視線から逃げる。
「受け入れてねぇよ」
「俺が決めたの。だから、ケイは俺の恋人。異論は認めないからな」
「恋人って、お前、男と付き合った事なんか、ねぇだろうがよ。ふられて自棄になってんじゃねぇよ」
「自棄じゃない! 俺はお前の事、好きだ。さっきのが恋人じゃないんなら、俺が恋人になってもいいだろ? どうせ、やるつもりだったって言うのなら、俺が相手でもいいだろ?!」
「だから、友達とセックスの相手はぁ……んぐっ」
顎を掴まれ、そのまま口をふさぐようにキスをされた。
嘘だろ。
驚きすぎて、突き飛ばす事も出来なかった。
相手はノンケで俺の親友を声高に謳っていた男だ。常に隣にいて、それ以上を望んだらいけないと、日々自分に言い聞かせていた相手だ。キスなんて、あり得ないと思っていた。
だから、ダメだと思うより先に、歓喜に胸が高鳴った。
くちゅ、くちゅと口の中をまさぐられ、上顎が弱いと気付かれると、重点的にそこを攻められ、身体から力が抜けてゆく。縋りつくようにカケルの胸元の服を掴めば、ぐっと両腕が俺の背中に回されて、逃さないとでも言うように強く抱きしめられた。
「……カケル、お前、何考えて……」
「俺に、しとけよっ」
「……は?」
「やる相手が欲しいなら、俺で良いだろっ」
「お前、ふざけんのも、たいがいにしろよ。ノンケだろうが」
キスまで仕掛けてきやがって。お前の好きは友達の好きだろうが。お前に惚れてる俺の気持ちとか、全然知らねぇで。やれなかったからって、ちょうど手近にいた俺を連れ込むって、どんだけ適当なんだよ。……どんだけ、俺って、お前にとって都合の良い「親友」なんだよ。
「……ふざけてない。俺は、ケイを抱きたい」
「は? ばかなの? ねぇ、お前、ほんとにバカじゃねぇの?」
「さっきのヤツはよくて、なんで俺がダメなんだよ! 一回きりのヤツより、お前の事知ってる俺の方がずっとましだろ?!」
「知ってるから、ダメだっつーの」
「なんで。俺、お前の事、大事にするし。……お願いします。やらせてください」
このやろう。土下座しやがった。どんだけやりたいんだ。
「バカじゃねぇの?」
「ケイ、お願い。やらせて」
土下座ったまま顔上げて首かしげて懇願する大の男の惨めったらしい姿に頭痛がする。くそ、なんかバカかわいい。バカにはバカの、突き抜けたかわいさってあるよな。くそ、恋の呪い、恐ろしい。
「バカか。踏みつけるぞ」
目の前で足を振り上げて頭を踏みつけるふりをすれば、「え、そういうプレイ?」と、目をキラキラさせて、ソックスはいた足の指を舐めた。
「うぉ! アホか! きったねぇだろ!! なにしてんだよ! 早く口洗ってこい!」
びびって慌てて足を引っ込めると、そのまま体勢崩してよろめく。転びそうな体勢を立て直そうと数歩後ろに足踏みすれば、すぐ後ろのでかいベッドにぶち当たる形で、ぽすんと座り込んで事なきを得た。
「あ、やっと、その気になってくれた? うれしいなぁ」
土下座してた親友がすくっと立ち上がり、ベッドに腰掛けた俺を囲い込むように乗り上げてくる。
「あ?」
「足なめた口でキスしたら怒られそうだし、……体中舐めてから、も一回、キスしような」
耳元で低いささやきが聞こえたかと思うと、ぬちゅっと脳髄貫くような音がした。
「ひぁ……っ」
ぞりぞり、ぴちゃ、クチャ……と、耳の中を舐める音がする。音に、そして舌の感触に、ぞわぞわと快感が這い上がってくる。
「か、カケ……っ、やめっ、ひぁんっ」
身体から力が抜ける。ぞくぞくして、くすぐったくて、でも気持ちよくて、身体を強ばらせながら俺に覆い被さる目の前の胸元に縋りつく。
「ハハッ、ケイ、お前、かわいーのな」
「バカや、ろ……っ」
好きで、好きでたまらない相手に押し倒されて、抵抗する術なんて、俺は、知らない。
抱えられた俺の足。揺れる視界。
なし崩しで始まった性行為。
親友が、いま俺を抱いている。
大学はいって、何となく意気投合して、それからずっと一緒にいた。しゃべるのが下手な俺は、カケルの明るくて人なつっこい性格に何度も救われた。ひねくれた事ばかり言う俺をいつも笑って受け入れてくれた。
女の子が好きで、驚くほどの回転率で彼女がころころ変わってゆく親友を、何度苦い思いで見つめただろう。そのくせ「なんかしっくりこない」とか言ってすぐに別れる。遊びで終われそうにない子とは付き合わないと言うのが信条で、「真面目そうな子とは、俺が好きにならない限り付き合わないから大丈夫!」とか当てにならない基準を偉そうに吐いていた。「だってやりたい」が免罪符になると思ってる辺りがバカな男だった。
カケルは本当に良い奴なのに、女関係だけは「コイツクズだな」と思いながら、……俺は、ほっとしていた。だって、ずっとそばにいる俺の方が「彼女」より上って事だったから。
まあ、それを言うなら、俺も一夜限りの相手を探して肌合わせて現実逃避してる辺り、親友のやってる事と同じだったのかもしれないが。でも互いに割り切った関係を求めてるってわかってる、寂しいから肌の温かさを求めるだけの関係。だからそれを免罪符にして、きっと、まだ、まし……なんて言い訳をしていた。
でも、今、カケルに抱かれながら、ぼんやりと、思う。
「彼女」なんてごまかしてないだけ俺の方が誠実だろ、なんて嘯いても、やってる事は同じだったのかな。
だから、俺、こんなに簡単に性欲発散の相手に、されちゃってるんだろうな。
バカで、優しくて、大らかで、情が厚くて、俺が困ってるといつだって駆けつけてくるようなヤツで、でも同じぐらい俺に迷惑掛けまくるヤツで、にこにこと笑いながら俺を親友って言ってくれて、俺のそばにいてくれて……。
なあ、カケル。すげぇ好きだよ。俺はお前の事が好きで好きでたまんなくて、だから、ずっと友達でいようって覚悟決めてて。お前がほんとに、「親友」より好きな「彼女」が出来るまでは、ずっと、そばにいてやろうって思ってて……。
なのに、お前は俺を、今、抱いている。
俺のケツにチンコつっこんで、腰ふっている。
カケルにとって、恋人って、何? 俺はこれから、親友で、性欲処理? それとも俺、お前の歴代彼女たちみたいに、適当にやり捨てられんの?
……これって、彼女たちより上だなんて安心してた罰なの?
ぐちゅぐちゅと、水音が響いている。ヒンヒン泣きながら、俺はカケルの荒い息づかいに耳を傾ける。
好きなヤツとするセックスは、信じられないほど気持ちよくて、幸せだ。
ずっと触れたかった。手を伸ばして、俺のだと言って抱きしめたかった。キスして、肌を合わせて、交わりたかった。カケルと一つになる夢を見て、何度もマスかいたりもした。
今、その夢が叶ってる。
それはすごく幸せで、だから絶望する。
カケルは別に、俺の事が好きなわけじゃない。やりたかっただけで、生理的に勃たせる事が出来ただけで、俺の好きと、こいつの好きは違う。
こんなのは続く関係じゃない。続かないのなら、こんな幸せ、知りたくなかった。
「ひぐっ、あっ、あっ、もう、や、あっ」
何度も何度も突き上げられる単調な快感に、ボロボロ、ボロボロと涙がこぼれる。
「もう、やだ、カケル、やだ……もう、やだよぉ……」
なあ、友達とするセックス、お前は、楽しいのかな。好きなヤツに、好かれてないまま抱かれるのって、何にもないよりかは、幸せなのかな。
なあ、お前、気持ちいい? 好きでもないくせに、やりたいだけで男を相手にして、気持ちいい?
抱かれたくないわけじゃない。むしろ、抱かれたかった。嫌なわけじゃない、うれしい。気持ちいい。ずっと、ずっとこのままいたいぐらい。なのに、好きなヤツと気持ちの伴わないセックスは、とても悲しい。触れられる幸せをこんなにも感じているのに、とても寂しい。友達のままでいるより、ずっと苦しい。
がくんがくんと揺さぶられながら、俺は、ただ泣く事しか出来なかった。
「カケルっ、やだ、も、やだっ、あっ、あっ」
「……っ、泣くなよっ」
「うあぁ……!!」
怒鳴られると同時に、えぐるような突き上げがきた。
気持ちいい、苦しい、うれしい、悲しい。
泣きながら嬌声を上げる。
「そんなにっ、そんなに、俺に抱かれるのは、嫌かよ……っ」
絞り出すような声が俺の上からふってくる。今にも泣き出しそうなほどに涙のにじんだ、揺らぐような声が。
……カケル?
虚ろに天井に向けていた焦点を、カケルへと移す。
いつもは朗らかに笑顔を浮かべている顔が、今は悲しげに歪んでいた。
どうして? お前が望んだんだろ? なんでお前がそんな顔してんだよ。
「どうして、泣くんだよっ、どうして、俺じゃダメなんだよ……!! 男が良いなら、俺でもいいじゃないか!! 初対面の男ならよくて、どうして俺が抱くのは、ダメなんだよ……!!」
俺を穿ちながら、カケルが泣いていた。頬を涙でぬらしながら俺を犯していた。
「かけ、る……?」
なんで、お前まで泣いてんの?
頬に触れたくて手を伸ばす。
お前に泣かれたら、胸が苦しい。悲しい。泣くなよ。
理屈とか抜きで、抱きしめて、大丈夫だよって、言いたくなる。
「ケイ、ケイ……っ」
両手を伸ばした俺の腕の中に、倒れ込むようにカケルの身体が落ちてくる。
そのままぐっと抱きしめられた。名前が何度も呼ばれて、深いキスを繰り返した。その合間に、俺もカケルの名前を呼び続けた。
求められている。
そんな錯覚に陥って、そっから先は、むさぼり合うように求め合った。
苦しさとか悲しさとか全部ぶっ飛んで、カケルと抱き合える幸せと、カケルに与えられる快感だけが全部になった。
きもちいい。すきだよ、カケル、おまえのことが、めちゃくちゃ、好きだよ。
何時だ。
だるい身体を起こしてスマホをたぐり寄せれば、日付が変わって、昼間近い。
どんだけたまってたのかしらないが、一晩でカケルはアホみたいな回数、ゴムを変えていた。
いち、にー、さん、しー……五回? イヤ、まて……六回?
指を折って数えてみたが、最後の方、記憶があやふやだ。あへあへ言ってたから、もう、完全に記憶が飛んでやがる。
どんだけ絶倫だよ。俺三回いったあと、でなくなった気がするんだけど。その代わりドライで行くというスキルが身についた。めでたい。
……めでたくねぇよ。俺、どっちでもいけるけど一応タチだよ。
悶々と考えながら、隣ですやすや眠ってるバカを睨む。
コイツ、ほんと、どうする気だよ。あー。出すもんだしてがっつり寝ると、落ち込むほどの鬱さが抜けたわ。
天井見ながら溜息をつく。
「……お前、ほんと、なんなのさ。俺のケツなんか掘って、何したいんだよ……」
「付き合いたい」
思いがけず間髪入れない返事が返ってきて、がばっと下を向く。困った顔して、カケルが笑っていた。
「……付き合うって、やだよ。お前、回転早過ぎんじゃん。すぐ飽きたとか言って……」
「飽きないから……!! 俺、ケイが付き合ってくれるなら、ケイだけでいいし!」
「無理、信用できる要素ゼロ」
がばっと起き上がって縋りついてくる男の額を、苦笑しながらペちんと叩けば、カケルは子供みたいに口をとがらせてむっとして小さなぼやきをこぼす。
「俺、ケイに会うまで、今みたいに、回転、早くなかったし」
「何それ。なんで俺のせいみたいな言い方してんだよ」
「ケイのせいじゃないけど、俺、ケイの事がすげぇ気になって、お前にキスとかしたくて、触りたくて、そのうち興奮するようになって……でも、お前、男だし、バレちゃダメだって思って、女の子と付き合わないとって……でも、付き合ってもケイじゃないから、どうしても一緒にいるの苦痛で……」
「……はぁ? それで女の子の純情、利用しちゃダメだろ」
「……純情じゃない子、一応選んでたし……」
「そういう問題じゃねぇよ」
………イヤ、でも、やってた事は、俺と一緒、か……?
「………あー………もう………」
頭をがりがりとかく。
つまり、どういうことだ。
「お前、俺の事、好きなの? ノンケのくせに? 男の俺が?」
縋るような目をして、カケルが頷く。
「俺がヤローとホテル入ろうとしてたから、女の子の代わりにしたんじゃねぇの?」
「ちがう!! ケイを取られたくなくって、チャンスかもって思って、それで、あの時、今勢いで押すしかないって思って……!! 俺が欲しいのは、ずっとケイだけだ!」
「……一時の気の迷いじゃねぇの?」
「一時の気の迷いなら、三年も悩んでない!!」
「……は? さん、ねん……?」
ちょっとまて。三年て。そりゃ、俺がお前に惚れてから今までの年数だぞ。つまり、出会って間もない頃からコイツも俺の事……?
じわじわと、理解が進んできて、じわじわと顔が熱くなっていく。
両手で目元を覆って、がっくりとうなだれる。
なんだそれ、悩んだ年数、全部無駄かよ。
「……ケイ、耳、赤い」
「うるせぇ。だまれ」
「もしかして、照れてる? 俺の本気、伝わった?」
「うるせぇ」
カケルが黙る。きっとコイツの事だから、困ったように笑っているんだろう。
そっと俺の髪を撫でる手つきが、優しくて気持ちが良い。
「ケイ、好きだから、本当に、俺、ケイの事好きだから、めちゃくちゃ大事にするし、ケイだけ、ずっと大切にするから、簡単に別れたりとか絶対しないし、ケイが別れるって言っても泣いて縋るぐらいケイ一筋だから、だから、俺と付き合って」
ぽつぽつととりとめなく説得してくる声は、情けない声とは裏腹に、とても真剣そうに聞こえて、なんか、泣きたくなる。
「……ケイが、俺の事好きじゃなくてもいいから。友達としてしか思ってなくてもいいから、男でも大丈夫なら、俺の恋人になって。昨夜は、勢いで俺の好き勝手しちゃったけど、次からはケイが好きな抱き方出来るようにがんばるし、……ちゃんと気をつけるから、だから、ケイ……お願いだから、俺を選んでよ……」
思いつくままに、だらだらとしゃべり続けるカケルの説得というか口説き文句が、すごく心地よく耳に染み渡ってくる。
静かな声と、髪を撫でる優しい手つきと、暖かな隣のぬくもりと。何もかもが俺の胸をじわじわと侵食して、喉元こみ上げてきて、まぶたが熱くなって、涙になって溢れてきた。
「……お前さ、男と付き合うのが、どういうことかって、わかってんの?」
普通じゃないって、ものすごく生きづらい事だ。良いとか、悪いとか、そういうことじゃなく、理解されづらい少数派に属するって事は、それだけで苦しみを背負うって事だ。俺みたいな、男しか好きになれないヤツと違うんなら、わざわざしんどい道に入る必要ない。
「ホモになるって事だよな。実は、正直、ピンときてないけど。でも俺、ケイを好きじゃなくなる未来が、想像つかないんだ。ケイを好きでいる限り、きっと俺は女の敵のまんまだから、どちらにしろあんまり変わんないんじゃない?」
あはははは。……と、軽く笑う内容じゃないんだけど、それを本心から言い切っちゃうのが、カケルだ。それで、きっと、これからもそうやって全部軽く笑い飛ばしながら、重い苦しみも軽い悩みに変えながら生きていくんだろう。そんなカケルに、俺は救われ続けるのだろう。
想像した未来が、あまりにも幸せで、胸が苦しい。
その隣に、俺がいても、良いのかな。
「……バカじゃねぇの? そんな簡単な問題じゃねぇよ」
鼻で笑って、馬鹿にするように言ったけど、目元かくして、涙声じゃ、全然上手くごまかせてない。
「簡単だよ、ケイがそばにいてくれたら」
「……バカじゃねぇの、ほんと、お前って、ほんと、バカ」
笑っちゃうぐらい、バカ。でも、すげぇうれしくて、涙が止まらない。カケルと抱き合ってた間、こんな幸せ他にないって思ってた。でも、それよりもずっと、今の方がうれしくて幸せだ。
俺とカケルが付き合ったら、悩みなんて、これから山のように出てくるに決まってる。
でも、案外世の中単純に回っていくのかもな。
お前といたら、なんかそう思える。大変でも二人で一緒に笑い飛ばしてたら、何となく過ぎて過去の事になっていくんだろう。
カケルはバカだ。でもただのバカじゃなくって、俺の悩みを吹き飛ばす、すげぇバカだ。
顔を上げて、カケルの顔を真っ直ぐに見る。
「け、ケイ?」
笑いながら涙をボロボロこぼす俺をみたカケルは、おろおろとしながら手を上げたり下げたりして、それから、躊躇いがちに伸ばした手で、そっと俺を抱き寄せた。
あたたかい、きもちいい、うれしい。
俺も背中に腕を回して、カケルの胸に頭をあずける。
「……俺も、カケルが、好きだ」
「……!!」
カケルが奇声を上げて、俺をぎゅうぎゅう抱きしめるまで、あと三秒。
きっと俺たちは、幸せになる。
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