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第1話 夏・始まり

「真島。真島」 誰かがオレのカラダを揺さぶっている。 「真島~起きろ~遅刻すんぞ」 ん~。眠~い。 「(まこと)~起きなさ~い」 遠くで母ちゃんの声もする。 んにゃにゃ。眠~い。 「お~い。カーテン開けるぞ」 シャッと音がして顔の表面が明るくなった。 まぶしっ。 「真島~」 ギュッとつぶった目をゆっくりと開ける。 まぶしく白く明るい光の中に包まれた。 あ、ナツノヒカリだ。 オレは思った。 ナツノヒカリが満ちている。 その光の中に見えてきた姿は……灰谷。 「お~い。遅刻するって起きろ」 白いシャツにゆるく結ばれたネクタイ。制服姿の灰谷だ。 「オマエ、本当に朝、弱いな」 腕を組んで、あきれたように笑ってる。 下から見上げる灰谷の顔。 男前。 この顔……好きだ。 「灰谷?」 「おう」 灰谷が返事する。 「灰谷」 「だからおう。起きろって」 この声、好きだ。 「へへへへへへ」 笑いがこみあげる。 「キモッ。寝ぼけてんな。お~い起きろ」 頬をペタペタと軽く叩かれる。 あ!オレは我に返った。 ヤバイ。 へへへじゃねえよ。 「ぶわぁあ~」 あくびが出る。 「あ~何時?」 「出発十分前」 「うっそ。なんで起こさないんだよ」 オレは飛び起きる。 「起こしたっつうの。先に下、行ってるぞ」 「おう」 大慌てで制服に着替える。 カバンをつかんでドタドタと階段をかけ降りる。 「(まこと)、あんたやっと起きたの」 玄関には灰谷と母の節子がいる。 「なんで起こさないんだよ。髪やる時間ないじゃん」 「起こしたわよ~何度も~」 洗面所に飛びこんで顔を洗う。 「ごめんなさいねえ灰谷くん。いつまでたっても朝起きれなくて。こまっちゃうわ~」 母ちゃんが灰谷と機嫌よく話す声が聞こえる。 ああ~髪が~グチャグチャ~。 つうかメシも食ってねえし~。 ヒゲは……よし。つうかあんま生えねえし。 「(まこと)~早く~」 いつもより鼻にかかった高い声で母ちゃんがオレを呼ぶ。 電話に出る時みたいなちょっとよそゆきの声。 寝ぐせのついたところをちょちょっと水で濡らして撫でつける。 あ~。ダメだこりゃあ。もういい。 歯をザザッと磨いて玄関へ。 「これお弁当。灰谷くんの分も入ってるから」 母ちゃんが紙袋を差し出す。 「ごちそうさまです」 灰谷が受け取って礼儀正しく頭を下げる。 「どういたしまして。ここのところ毎朝迎えに来てもらうお礼よ」 「紙袋持ちにくいわ」 オレは靴に足を突っこみながら言う。 「もうそんなことばっかり。自転車買いなさいって言ってるのに。お金あげたでしょう」 「わかってるって、いいの探してんだよ」 「そんなこと言ってもうずいぶん経つじゃない。毎朝毎朝迎えに来てもらって」 「あ~うっせえババア」 「あんたそれ言ったわね。あたしがババアって言われるの一番キライなの知ってるくせに」 「だからだよ」 「キィ~このバカ息子。灰谷くんなんとか言ってよ」 灰谷は小さく笑みを浮かべて言う。 「節子はババアじゃないよ」 「灰谷オマエ、人の親を呼び捨てって」 「はあ~灰谷くんに節子なんて言われるとキュンとするぅ」 「行ってくるね、節子。今日もパートがんばって」 灰谷は母の頭をポンポンとした。 母がすこし頬を赤らめる。 「うん。節子がんばる。行ってらっしゃい灰谷くん」 灰谷、こいつやりすぎ。 「アホか。息子の友達にポッとかしてんじゃねえよババア」 「ババア言うなって言ったでしょバカ息子!」 「バカバカ言うな。バカになる」 灰谷の背を押して外へ出る。 「車、気をつけなさいよ」 玄関のドアから顔をのぞかせ母が言う。 「灰谷に言えよ」 「灰谷くん。よろしくね」 「はい。行ってきます」 毎度毎度の朝の儀式みたいな母親とのやりとりに付き合ってくれる灰谷はなんて人がいいんだろう。 灰谷の自転車の後ろにまたがりながらオレは思う。 「あ~ホント、ババアうっせえ」 「ババアって言うなよ。節子カワイイじゃん」 「カワイくねえし、人の親を節子言うな」 「いや、喜んでたし」 「このマダムキラーめ」 こんな風に灰谷といっしょに通いはじめてどれぐらい経つんだろう。 オレ、真島(まこと)と灰谷健二は小学校で出会い、中学高校と、いままで一緒にいなかった時期が思い出せないくらい。 幼なじみってやつになるんだと思う。腐れ縁とも言う。 ここのところ灰谷は自転車をパクられたオレを毎朝迎えに来てくれている。 見上げた空は快晴。日差しは強い。 「あっちいな~夏だな灰谷」 「ああ。もう夏だ」 六月のおわり。 その日、オレは夏の訪れを感じた。 「行くか」 「おう」 昨日と変わらぬいつもの日々の始まり……のはずだった。 思えばその日から、何かが動き出したのだ。 そして、変わり始めたのだ。

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