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第27話 城島さん

住宅街の細い路地を行く。 ペタペタペタペタ。 男のサンダルの音がする。 オレはその後をついて行く。 しばらく歩いて男は小さなマンションの前で振り返った。 「うち、ここ」 男はポストをのぞきこむ。 201号室。 『城島』とある。 「じょうじまさん」 呼びかけると一瞬間があって、男は振り返ってオレの顔を見つめた。 「しま。じょうじまじゃなくて、じょうしま。濁らないんだ」 「へえ。じょうしまさんか」 「そういえば君の名前聞いてなかったね」 どうしよう。本名言っても大丈夫かな。 苗字なら、いいか。 「真島、です」 「まじま。ましまじゃなくて?」 「はい」 「島かぶりだね。真島くんか」 階段で二階に上がる。 一番奥の角に201号室はあった。 城島さんはドアノブをつかんで開けた。 「どうぞ。なんにもないけど」と言って入って行った。 カギはかけていないし、電気も点けっぱなしだった。 ちょっとそこまでにはカギをかけない人なのかな。 広いワンルーム、と思ったけれど、これは極端にモノが少ないからだとしばらくして気がついた。 床に直置きにされたテレビ。折りたたみの小さなテーブル。薄い折りたためるマットレスと枕にタオルケット。 目につくところにあるものと言えば、ほぼそれだけ。 「あっ、テキトーに座って。座布団とかもないから、マットレスの上に座っていいよ」 「なんもないんですね」 「あ~。引っ越してきたばっかりだし、ミニマリズムっていうの?モノをもたない生活ってやつにハマっちゃって色々捨てちゃった」 お言葉に甘えてマットレスの上に腰を下ろす。 ミニマリズム……。 というか城島さんのパーソナルを表しそうなものが一つも見当たらない。 佐藤んちで言えば、所狭しと並んだフィギアやアニメグッズ。 中田んちで言えば大量の服とオーディオ機材。おしゃれ家具。 灰谷とオレんちで言えばマンガやゲームソフト。 「ええと、いま買ってきたビールかチューハイか水しかないけど」 「あっ、オレ、ジュースあるんで。お菓子もよかったらこれどうぞ」 「ありがとう。ホントに酒じゃなくていい?」 「え?ああ……」 お付き合いしたほうがいいのかなと思った。 「じゃあ、チューハイください」 「ほい。で、チータラも」 「好きですね、チータラ」 「うん。好きなんだ」 城島さんはオレの隣りに腰を下ろすとビールをぐびぐびと飲んだ。 「捨てるのってさ、ハマると快感なんだよ」 「あとで後悔したりしないんですか」 「あ~ほとんどしないね。ほぼ思い出しもしない。たま~に、あっあれ捨てなきゃよかったとか思うけど。モノなら大概のものは買い直せるしね」 「はあ~」 「自分が何に執着していたのかがわかるんだ。ただ冷蔵庫はあってもよかったかなと思うけど。まあコンビニを自分ちの冷蔵庫だと思えばねえ。二十四時間やってるし」 冷蔵庫がない?ホントだ。 ガス台にナベが一つのっているだけだった。 台所は使っている形跡がほとんどない。 床に空き缶のいっぱい入ったゴミ袋が一つあるだけだった。 「ごはんとか作んないんですか」 「作らない。外で食べるか、買ってくるか。まあでも、買って帰るとゴミが出るから理想は外で食べるほうがいいけどね」 皿もコップもないようだった。 まるで世捨て人だ。 「逆にテレビは捨てられないんですか」 「ああ。うるさいから消音にしてつけてるだけで、ほとんど画面も見てはいないんだけどね」 消音にして見ない? じゃあなんで、つけてるんだろう? 城島さんはこの前みたいにチビチビとチータラを食べながらビールを次々と空にした。 やはり顔色はまったく変わらなかった。 オレは酔わないようにチューハイをゆっくりと飲んだ。 ポツリポツリと話をした。 学校どうなの?とか、仕事何してるんですか?とか、進路どうするの?とか。 そのどれもは親戚のおじさんと話すのと変わらないようなこと。 で、ほどよく酔いが回ってきた時、その話になった。

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