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第57話 海からの帰り道 / 城島さんが捨てられなかった物

海からの帰り道。 みんなと駅で別れる。 灰谷とオレが残される。 灰谷は何も言わずに自転車置き場の方に歩き出す。 「オレ、コンビニ寄ってくから」 灰谷の背中に声をかける。 灰谷が立ち止まって振り向いた。 「真島、オマエ、ホントにあの子と付き合うの?」 「……わかんねえ」 「その気がないならちゃんと断れよ」 こいつ、今日一日散々ほったらかしてたくせになんなんだよ。 「灰谷には関係ないじゃん」 「ないことねえよ」 オレはおチャラけて言う。 「いやあセフレが一週間会えないってさ。その間ヒマだから付き合おっかな」 「オマエふざけんなよ」 なんだよそのマジトーン。 「ふざけてねえよ。オマエなんかに色々言われたくないわ。オレのこと聞きたくねえんだろ。だったらほっとけよ」 「目に入ってくんだろうが」 「あっちだってヤなら断んだろ。オレのこと好きみたいだし。付き合ってりゃ好きになるかもな。オマエみたいに」 「……っ」 灰谷は気持ちを抑えこむような顔をした。 「……あの子は明日美の大事な友達なんだ。傷つけるようなマネだけは、すんなよ」 明日美の友達を泣かせるなってか?明日美が泣くから? オマエが心配してるのは明日美ちゃんでオレなんかどうでもいいんだよな。 「それからオマエ、自分にウソはつくなよ」 灰谷はオレの目を真正面から見て言った。 なんだそれ。何言ってんだ。 ウソもつかせなかったくせに。 「付き合うよ。ちゃんと付き合えばいいんだろ」 オレは言い捨てて灰谷に背を向けて歩き出す。 なんであんなこと言うんだ。 ウソ? つくよ。つくさ。 つかなきゃどうするんだ。 これからもついてやるよ。 オマエの親友を演じてやるよ。 どうしようもなくなって、オレは城島さんに電話する。 城島さん。城島さん。 どうすればいい。どうすればいい。 『おかけになった電話は電波の届かない……』 電話は繋がらない。 オレはオレが怖い。オレの執着が怖い。 キスを見たぐらいで、グラグラしちゃうオレが怖い。 助けて城島さん。城島さん。 なんでこんな時にいないんだよ。 歩き続けて結局、城島さんの家の前まで来てしまった。 部屋のインターフォンを押す。 ♪ピンポーン。 ……出ない。 まあいるわけないよな。 何気なく、ドアノブを回してみる。 カチャリ。 カギが開いてる? 「城島さん?」 中をのぞきこむ。 部屋に電気はついていない。 城島さんもいなかった。 出張でも、カギかけないのか。 「盗られて困るものなんかないからね」たんたんと言う城島さんの顔が浮かぶ。 ちょっと迷ったけれどオレは城島さんの部屋に上がりこみ、電気をつける。 もともと生活感のない部屋だけど、人気のない室内はさらにガラーンとして見えた。 最後に来た時と同じ、テレビと折りたたみ式のテーブルとマットレスがあるだけ……と思ったら、いくつか変化があった。 テーブルの上に真新しい灰皿とライター、この間城島さんが吸わせてくれたインドネシアの甘いタバコが置いてある。 そしてカギ。 この部屋のカギ?合カギだろうか。 オレに?……ではないと思う。 だったら電話してこないだろう。 誰かのために用意されたカギ。 誰かのために用意された喫煙セット。 城島さんが待っている人のための。 多分、城島さんがいない間に訪ねてきても、来た事ががわかるように。 いま、玄関のドアは開いていて、タバコの封は切られていないし、カギも机の上にある。 その人は多分、来ていない。 まあ、来たのは来たが、そのままってこともあるのかもしれないけど。 で、オレが転がりこんでいる。 オレは城島さんの、その空っぽの淋しい部屋でヒザを抱えた。 どれだけの夜を朝を、やり過ごせばいいのだろう。 城島さんの、オレの、思いは消えるのか。 うんざりした。 本当にうんざりした。 ゴロンと床に寝転がった。 身の置き所がなくてゴロゴロ転がってみた。 ――テーブルの裏にそれはあった。 オレはテーブルの下に潜りこむ。 写真が一枚、貼ってある。 写っているのは多分、高校生だろう。 制服姿の男子二人の写真。 肩を組んで仲良さそうに笑っている。 一人は今より少し若い城島さんで、テレた笑顔を浮かべている。 もう一人はヤンチャな悪ガキといった感じで。 城島さんの肩に腕を回し、制服だというのに咥えタバコだった。 男の手には机の上に用意されたのと同じタバコが握られていた。 「おい城島、いっしょに写真撮ろうぜ」 「オレ、いいよ」 「逃げんなコラ」 「タバコ、入っちゃうぞ」 「いいって。ハイ、チーズ」 って感じだろうか。 その写真はきっと、何もかも捨ててきた城島さんがどうしても捨てられなかったもの。 視界がボヤけた。 涙がポタリと落ちた。 ポタリポタリと、とめどなく落ちた。 オレは泣いた。 ガキみたいに声を上げてわんわん泣いた。

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