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第81話 オレは『オレ』が思い出せない。
城島さんの部屋から、ふらふらと歩いて家に帰った。
――カラダに力が入らない。
足を一歩踏み出す度にどこからか小さく痛みが走った。
灰谷とケンカした時のものなのか、城島さんとのものなのか。
なんでこんな事になってるんだろう……オレ。
そもそもの始めって……。
灰谷が明日美ちゃんと付き合いはじめて――日常が変化した。
城島さんと出会って――結衣ちゃんと付き合って――。
いま……城島さんと別れて。
オレは、それ以前のオレが何をしていたのか、何を考えていたのかを思い出せない。
どうやって暮らしていたのかを。
オレは『オレ』が思い出せない。
まるで糸の切れた凧にでもなったような気がした。
カラダの痛みだけが今のオレのすべてだった。
なんとか家までたどり着き、ベッドに倒れこんだ。
……痛い……暑い……眠い……。
痛くて暑くて眠くて考えられない。
何も……考えられない。
*
目を開ければ真っ白い空間で、首を横に振ったら、母ちゃんの背中が見えた。
「ババア……」
振り向いた母の顔。
「ババア、言うなって言ったでしょ」
「ここ?」
「病院。熱出して部屋で倒れてたの。熱中症。脱水症状も起こしてるって」
腕に点滴をされていた。
「とりあえず一泊してよく休みなさいだって。もう~気をつけなさいよ~ビックリしたんだから~。救急車とか初めて乗ったわよ」
救急車……そうだっけ……なんだか細切れに記憶はあるけど……。
「信 、あんた……」
「ん?」
オレを見つめる母の顔。
心配そうだ。
何か言いたそうに見えた。
でも……言わなかった。
「気をつけなさいよ、まったく」
「うん」
「お父さんさっきまでいたけど、急に会社に顔出さなきゃいけなくなって。後でまた来るから」
「うん」
「そうそう、さっきまで灰谷くんも、いてくれてたのよ」
灰谷?
「今日と明日、バイト、代わりに入ってくれるって。後でちゃんとお礼言いなさいよ」
「灰谷……なんで?」
「ん?家にあんたの着替え取りに帰ったら、ちょうど家の前で会ったのよ。カーディガン忘れたから取りに来たって。入院したって言ったら、一緒に来てくれたの。ビックリしてたわよ」
「……」
「あ、カーディガン、また忘れてる」
パイプイスの背に灰谷のカーディガンが掛かっていた。
灰谷が……。
ふー。
オレは息を吐いた。
頭……回んない……。
……もういいや……。
なんかもうみんな、どうでもいいや……。
オレは目を閉じた。
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