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第86話 オレが傷つけた人
自分でもビックリするくらい、素直に口にできたな城島さんのこと。
灰谷が帰り、一人になった部屋でオレは思った。
それにしても……。
『オレでよければ話せよ』……か。
『オマエがオレに話したいこと全部』……か。
話せば何か変わるのか?
オマエはオレのことを、オレがオマエを想うように好きになってくれるのか?
少しでもラクになるのか?
そんなこと、あるわけもない。
夏休みはまだ二週間も残っていた。
暑くてしんどくて長い夏がまだ終わらない。
オレはまた、バイト中心の日々に戻った。
結衣ちゃんからは、あれから何度か電話が来た。
早朝に……。
深夜に……。
電話には、出る。
「……もしもし。結衣ちゃん」
「……」
結衣ちゃんは何も言わない。
電話の向こうで泣いている。
ただ泣いている。
その気配がする。
オレは、毎回くり返す。
「ごめん結衣ちゃん、ホントにごめんな」
しばらく電話はつないだままにしておく。
オレにはそれくらいしかしてあげられないから。
ホントは出ないほうがいいんだろうけど。
それで、一声かけてから、切る。
「ごめん。切るよ」
――オレが傷つけた人。
バイトの日、店の前に結衣ちゃんの姿があった。
店の中には入って来ないが働くオレの姿を外から見つめている。
暑い中、いつまでもいつまでも。
いつもより早めに休憩をもらったオレはバックルームで電話をかけてから、ポカリと結衣ちゃんの好きなミルクティーのペットボトルを買って表に出る。
結衣ちゃんはオレの姿を見ると、まるで希望を見つけたような顔をした。
「結衣ちゃん。暑いからこれでも飲んで?」
「真島くん。あたし……」
「ごめん。オレのせいだよね。いま、灰谷に電話した。明日美ちゃんと近くにいるからすぐ来てくれるって。一緒に帰りな。ここ、暑いだろ。いつまでも立ってたら倒れちゃうよ」
「真島くん……真島くん……」
結衣ちゃんが顔をクシャクシャにして泣きながら抱きついてきた。
「ごめんね、こんなのストーカーみたいでイヤだよね。わかってる。わかってるんだけど……お願い、別れるなんて言わないで」
抱きしめて頭を撫でて、「わかったよ」と言ってやりたかった。
でも、そんなことしてはいけなかった。
オレは静かに結衣ちゃんの腕をほどいた。
「ごめん。それはできない」
「どうして?どうしてなの。理由教えて。納得できる理由。そしたらあたし、こんなことしないから」
一瞬迷ったけれど、話すことにした。
「好きなやつがいる」
予想していたのかもしれない。
結衣ちゃんは驚かなかった。
「誰?」
「ごめん、それは言えない」
「もしかして、明日美?」
「違う」
「あたしの知ってる人?」
「……」
「言わないと許さない」
そうだよな。人の事傷つけておいて、自分だけ無傷ってわけにはいかないよな。
「灰谷」
「え?ふざけないで」
「ふざけてないよ。オレ、灰谷が好きなんだ」
「だって……灰谷くん男じゃない」
「男だけど好きなんだ。もうずっと」
オレの顔を見て、結衣ちゃんには本気だと伝わったようだった。
「……じゃあどうしてあたしと付き合ったの」
「誰でも良かったんだ」
「……」
「灰谷が勧めてくれるならなおのこと」
「……」
「あいつが女の子としてること、してみたかったんだ。灰谷が勃つ女のカラダを知りたかっ……」
結衣ちゃんに頬を打たれた。
「わかったろ。オレ、サイテーなんだ。だから、オレのことなんか忘れて……」
「ひどいよ。好きだったのに。……初めてだったのに」
結衣ちゃんの目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。
オレはアスファルトの上に正座して、頭を下げた。
「ごめん。本当にごめん」
ただ頭を下げるしかできなかった。
オレのした事はサイテーで最悪だった。
「真島!立て真島」
声に振り返れば灰谷と明日美ちゃんだった。
灰谷がオレの腕を引いて立たせた。
「結衣、いっしょに帰ろう」
「明日美~」
結衣ちゃんが明日美ちゃんにしがみついた。
明日美ちゃんは何か言いたそうにオレを見た。
でも……言わなかった。
「灰谷くん、結衣、連れて帰るね」
「ああ」
「後で電話する」
「ああ」
明日美ちゃんに手を引かれて結衣ちゃんは泣きながら帰って行った。
「オマエ、大丈夫か?」
「オレは大丈夫。つうか、オレなんてどうでもいい」
灰谷はまるで自分が打たれたみたいな顔をしていた。
そんな顔しなくていいのに。
「それより悪かったな灰谷。せっかくバイト休みなのに。デート中だろ?明日美ちゃんにもオマエから謝っといてくれ」
「オレらは別にあれだけど……つうかオマエ、ホント大丈夫か?とりあえず頬冷やせ」
「大丈夫大丈夫。んじゃバイト戻るな」
「つうか店長が見つめてる。こりゃひと騒ぎだぞ」
「う~ん、いいよ。テキトーにかわす。つうか、ホント、ありがとな、来てくれて」
「おう」
「じゃな」
「真島」
灰谷が呼び止めた。
「ん?」
「夜、家行っていいか?」
「あ?いいよ」
「んじゃ、後でな。あ、アメリカンドッグ買って来てくれよ。あと、おじさんとおばさんとオマエの分のアイス。オレ、出すからさ」
「お、やった!じゃあな」
「おう」
結衣ちゃんに悪いと思いながらも、前みたいに灰谷と普通に話すことができて、気楽に遊びに来てくれるというのを嬉しいと思っている自分がいた。
ホント、オレはサイテーで最悪だった。
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