116 / 154
第116話 バカになれ!
灰谷灰谷、そればっかりか!
オレはベンチにドサリと腰を下ろした。
……だって、しょうがねえよ。
今までそれで来たんだから。
ペットボトルのフタを開けてゴクゴクとペプシを流しこむ。
ペプシ……。
コーラといえばペプシ。
いつから?
……ペプシは灰谷が好きなんだ。
目に映るものが次々と灰谷へつながってしまう。
ふう~。
深いため息がモレた。
虹……。
まあ…いいか。
小学生の頃にやった遊びを思い出した。
あの頃はスマホなんて持ってなかったから。
たとえばテレビ見てて、すんげえおもしれー、灰谷にも見せてえって思ったら、心で念じるんだ。
『灰谷…テレビ見ろ…今すぐ見ろ…イルカ…すんげえカワイイ…灰谷…イルカ…イルカ』
次の日学校で灰谷に通じたかって聞くとあいつは必ずこう言った。
『ああ、真島だったのか。なんか誰かが話しかけてんなと思ってさ。見たよ』
『ホントに?スゲー。オレ、スゲー。つうか灰谷もスゲー。つうかオレたちすごくない?』
『あ~オレたちスゲエー』
今思えば、灰谷が話を合わせてくれただけだろうな。
通じるわけねえもんテレパシーなんて。
大体通じてんなら、こんだけオレがアイツの事、好き好き思ってるの伝わってるはずじゃん。
あ~アホなこと思い出したわ~。
やっぱ昔からアホなんだわオレ。
つうかカワイイなオレら。
オレと灰谷。
そんな時代もあったよ。
それが今じゃあ……。
そいつの事、思いながらシコってるなんてな。
サイテーだな、オレ。
灰谷、虹見た?見てない?ほら写真撮ったから見ろよ。キレイだよな。儚いってこういう事言うのかな。
聞いてくれよ。オレさ、昨日、トレペがなくて危機一髪だったんだよ。もう少しで泣きながら風呂場でケツ洗うところ。ウケるべ。
すんげえウマくてデカイジャンボ餃子なんだよ。しかも六百五十円でチャーハンまで付いてくるんだぜ。今度行こう。
オレ……。
キレイなものを見たら、一番に見せてえよ。
面白い事があったら、一番に話したい。
美味しいものを食べたら、食べさせてやりたいって、いや、いっしょに食べたいって思う。
オレにとってそれは灰谷で。
んで……いつも一緒にいたい……。
寝ても寝なくても。
親友でも恋人でも。
呼び名なんて、なんでもいいからいつも一緒にいてえ。
こんなことわかってもしょうがない。
オレだけが思っててもしょうがないのに。
何度も何度も何度も思い知らされるんだ。
……ダメだ。
捨てるんだマジマッティ。
いちばん大事なものを知るにはいま大事だと思ってるものを片っ端から捨ててみる事。
城島さんは言っていた。
それが……。
もう恋しいなんて。
まだ一日しか経ってないのに。
夏休み中だってお互いそれぞれデートやなんかで全然会ってなかったのに。
でも、別のオレがオレに言う。
待てよオレ。
自分にウソつくなよ。
もうウソつかないって決めただろ?
結衣ちゃんと別れた時に。
城島さんと別れた時に。
母ちゃんの土下座を見た時に。
城島さんがセフレって灰谷に告白した時に。
教室で男と寝てるってバラされた時に。
灰谷と寝たいんだろ?
寝たいし、親友で恋人になりたいんだろ?
そんでいつも一緒にいたいんだろ?
正直になれよ。
『やっぱ、オマエといんのが一番ラクで面白くて楽しいわ』
灰谷の声が頭の中に響く。
灰谷がそこまで望んでないのは知ってるけど。
オレは……。
欲しい。
全部欲しい。
灰谷の全部が欲しい。
この想いはどうあがいても断ち切れないだろう。
そしたら後は……やる事は一つしかない。
そう。
飛ぶんだ。
城島さんみたいに。
バンジージャンプだ。
スカイダイビングだ。
首吊りだ。
だから、そうする力を得るために、あの日、行けなかった海に行く。
たいして意味なんかないのはわかってる。
きっとただの感傷だろうけど。
バカになれ!
とことんバカになれば……きっと……できる……はず……。
わかんねえけど。
怖いけど、呆れるけど、こんなにも自分の欲望をハッキリと自覚したことはない、ような気がする。
しかも、こんな、どことも知れないコインランドリーで。
ウケる。
雨も、上がった。
ペプシをグビグビっと飲み干して、オレはまた出発した。
ともだちにシェアしよう!