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第10話

 退院後暫くして、竜に快気祝いしようと葵は都内にあるホテルへと連れて行かれた。 「直ぐに戻るから」  そう言って竜は出て行った。  正直。失った我が子を思うと祝う気にはならなかったが竜の気遣いを無下にも出来ず、帰りを待ちながらふらふらと複数ある部屋を見て回る。  白を基調としたクラッシックな装飾の部屋は外国の城を髣髴(ほうふつ)とさせ、正確な値段は分からないが、竜の店の売上を思うと厳しい部屋代だろう。  もしかしたら流産の責任を感じている雪路が金を出したのかもと考えていると、扉が開く音がした。 「竜ちゃん?」  見えない相手に声を掛け、部屋から出て行くと扉の前には真っ赤なバラの花束を抱えた雪路が立っていた。 「何で……」  葵の驚きを余所に雪路は部屋の置くまで入ると、葵の前で跪いた。 「俺と番になって欲しい」 「え?」 「今回の事で俺にあいそを付かしたかもしれないが、もう一度だけチャンスをくれないか?」  何が起こっているのか分からず、葵は思考停止する。  雪路の真剣な眼差しから嘘や冗談でないのが分かるが、何故と疑問が残る。  そして一つの答えに行き当たる。  贖罪だと。 「ありがとう雪路。でも、いいんだ。罪を償おうとしなくて」 「何を言って……」 「無理しないで」 「誰が無理などするか。俺はお前を愛しているんだ!」  そう言って雪路はポケットから小箱を取り出しフタを開けた。 「お前が以前欲しいと言っていた指輪だ」  確かに、雑誌の指輪特集の記事で自分が印を付けていたデザインのものだ。  よくよく考えて見れば城のような内装の部屋にバラの花束を持って指輪を贈られるのも、大好きな少女マンガに描かれていた憧れのシチュエーションそのままだ。  ――雪路覚えていてくれたんだ。  感動を覚えると同時に、申し訳なくなり俯く。 「受け取ってくれ」 「受け取れないよ」 「何故?」 「だって…俺、雪路から貰った赤ちゃん守れなかったから……」 「お前は何も悪くない。悪いのは俺だ。俺が全部悪い!」 「違うよ。雪路は何も……」 「いいや、俺が悪い。だからお前を失った子の分まで幸せにする!」  必死な雪路の訴えに葵は自身の腹にそっと手を当てる。  ――ここまで思って貰っていたのに守ってやれなくてごめんな。 「葵。駄目か? もう遅すぎるか?」 「いや、その……」 「駄目じゃないなら、頼む受け取ってくれ」 「で、でも、雪路は俺と番いたくないんじゃないの?」 「誰が何時(いつ)そんな事を言った?」 「だって、俺の事避けていたし……」 「あれは無理矢理お前を犯さないようにと気を付けていただけだ」 「そう…なの?」 「ああ。それに竜とばかりいるからてっきりそうなのかと思って気を遣っていたんだ」 「ち、違うよ! 竜ちゃんはただの友達で、そういうんじゃ……」 「なら、受け取ってくれるな?」  何度も夢に見て、その都度諦めていた物。  ――俺一人が幸せになってもいいのかな?  戸惑いながらも葵がそれを受け取ると、そのままお姫様抱っこでベッドへと運ばれた。 「あの、雪路。俺、体調がまだ悪くて……その……」 「分かっている。セックスはお前の体調が戻るまでしない」 「なら、何でベッドに……」 「あの日伝えられなかった気持ちを伝えようと思ってな」 「あの日?」 「初めては白い部屋の大きなベッドで好きってお互いに言うんだろ?」  忘れかけていた理想の初体験シチュエーションを言われ、恥ずかしさに顔が引き攣る。 「あれは、その…何ていうか……」  何時もの不機嫌顔が優しく微笑み、耳に心地よいバリトンが囁く。 「好きだ。葵」  雪路に好きだと言われたらどんな感じだろうかと何度も想像したが、現実の効果は想像を超えていた。  身体は震え、思考回路はショートし、瞬きも忘れた。 「お前は?」  問われて、ただ頷く事しか出来ずにいると「言葉で言ってくれ」とせがまれ。 「お、お、俺…も…その……」  何とか伝えようとするが、ずっと言いたくて言えなかった二文字の言葉は上手く出て来ず、葵は雪路にギュッとしがみ付いた。  耳元で何度も呼吸を繰り返し、漸くその言葉を口にする。 「好き」  消え入るような小さい告白に雪路は葵を力強く抱きしめた。

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