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クラルス修道院の秘め事-はじまり-
「…で、あるからして…コラ、レイモンド聞いているのか?」
「……」
クラルス(明るい・清浄な)修道院内にある騎士団員見習いのレイモンドは、同じ年代の見習い達と一緒に回復魔法における傷の回復率と効用についての講義を受けていた。この講義が終れば、いよいよ実践編が待っている。
講師として教壇に立つのは、後に騎士団長となる男、副団長のエドガーだ。団長の座を約束されているその男は、頭脳明晰・剣技優秀、尚且つ美形。騎士団員見習いの若者が集まるこの場所では、憧れの存在だ。
一方、羨望の眼差しを一挙に集めるエドガーとは違い、楽天的、不良の悪いレッテルを貼られているレイモンドは講義の真っ最中ウトウトと居眠りをしていた。
「レイモンド!」
「……うっん……」
「お、おい、レイモンド起きろよ」
隣の席の同僚がレイモンドを起こそうと肩を揺らす。だが、その忠告さえも邪魔だとレイモンドは机へ突っ伏すと、本腰を入れて寝始めてしまった。
「あー…レイモンド…」
「ジョバンニ、起こさなくともよい。私が代わりに起こそう」
教壇から降り、講義部屋の隅に座るレイモンドへと静かに近寄るエドガー。これから起こる騒動に固唾を飲み、身を堅くする団員達。そして、そんな状況に気付かず、一人夢の中のレイモンド。
コツコツとブーツの音が講義部屋へと響く。
「もう一度チャンスを与えよう。クラルス騎士団員見習いレイモンド!」
「ん…だよ、うっせえな…」
「フッ…バカモノめ!」
ピシンッ!
振り下ろされたのは、エドガーが使っていた講義用指示棒だった。穏やかに眠るレイモンドの白い手の甲へと真っ赤な痕が走る。
「あいってぇ! なにするんだ……あれ?」
辺りに走る緊張。頭上には冷徹に光る副団長エドガーの目。状況は最悪だった。
「あ、あはははは」
ピンと張り詰めた空気を弛緩させるような、気の抜けた笑い声の後、エドガーの怒号が部屋中へと響いた。
「馬鹿者! 罰として馬屋の掃除を命じる! 今すぐ行って来い!」
「え~っ!? 馬屋は担当のおっちゃんがいるじゃん!」
「口答えをするな! 今すぐ行け! 歩かず走って行け!」
「うぇ~~っ」
追い出されるようにして講義部屋を飛び出すと、レイモンドは素直に馬屋へと走っていった。
+
クラルス修道院の建物からは少し離れた馬屋には、馬を面倒見る地元の農夫がひとり雇われている。
蹄鉄を替えたり、馬に草をあげたり、様々な仕事があるその場所は、団員達が罰を与える為にも使われるのだが、レイモンドにとっては悲しいことに、近くにある小さな町の酒場と同じぐらい馴染みの場所だった。
「おーい! おっちゃん!」
「おぅ!レイモンドじゃねぇか。何やらかしただ? 落ちこぼれめ」
「へへへっ。怒られちった」
容姿端麗だが落ちこぼれとしてのレッテルを欲しい侭にしているレイモンドは、いわゆる“やれば出来る子”だった。
「おめぇは、やりゃ出来んのによ、あんだって反抗さ、すっだ?」
「反抗した覚えはねぇよ…ただ、嫌いなんだよ。言葉でダラダラ説明する勉強がさ。俺は実践とかで覚えたいわけ」
「おおかた寝てたか何かしてただか?」
「図星。副団長に見つかっちった」
レイモンドはあくまでも明るくケタケタと笑う。カラ元気といえばそれまでだが、カラ元気でも続けていればいつかは本当に元気になったような気分でいられると人に聞いてから、レイモンドはそうするように努めてきた。
「あんだかオラにはよぅわかんねぇけどよ、あんまり自分さ不利にすっでねぇぞ」
「うん、ありがと。えっと…何か手伝う事ある?」
「んにゃ、もう今日は店じまいだ。オラは、けぇるぞ」
「そっか…あ! じゃあアレ出しておいてよ」
"アレ"とは、余った藁で作られた人の半分ぐらいの大きさはある藁束だった。
剣の切れ味を試したり、剣術の稽古に使われたりするもので、その為の藁はこの場所で仕入れられていた。その藁束の使い古しや余った藁を、農夫がレイモンド専用にと直して、馬屋に置いておいてくれるのだ。
「ほいよ、ここに出しておくでよ“エドガー君”」
「サンキュ。よぅ! エドガー君」
農夫が出してきた藁束は普通のものと違って、上部に頭のような具合で丸く別の藁束がくくり付けられており、ちょうど巨大な藁人形のような姿だった。
レイモンドは、その藁束の頭をポンポンと叩いて、なじみのその顔に挨拶をする。
「いいんだか? んだら名前さつけて」
「いいの! 普段の憂さ晴らしだよ。あ、おっちゃん帰っていいよ。鍵は俺が閉めておくから。また騎士団長の所まで届けておくよ!」
「んだか、じゃよろしく頼んだでよ」
そう言うと農夫は鍵をレイモンドに預け、帰っていった。
陽も西の空に沈みかけて、辺りに夕日の真っ赤な色が広がる頃。レイモンドは藁人形の“エドガー君”相手に、剣の技を磨いていた。踊るようにレイピアを振り、汗を流す。クルリと体を翻す度に銀糸のような髪は揺れ、鮮やかに夕日を反射させた。
「ハッ! フッ!」
レイモンドの狙った場所は喉元をかすめ、藁数本を切ってレイピアを揺らす。
「くそっ! あと少し…」
その時だった。レイモンドは背後から何かの気配を感じた。慌てて体制を取り直して振り返ると、レイモンド目掛けて何かが飛んでくる。
ぶつかりそうになる瞬間に肩でヒラリと障害物をかわした。
「うわっ!」
カツン!
レイモンドを襲ったのは木の枝だった。カランカランと乾いた音を立て、木の棒は地面へと落ちる。ただ木の枝が木から落ちてきたにしては不自然だ。レイモンドはレイピアを構え、殺気立ったような声で叫んだ。
「誰だ!」
返事はない。
状況が飲み込めず混乱気味のレイモンドは、レイピアを空中に浮かせた状態で固まっていた。
「脇が甘い、もっと閉めろ。それに体の中心が、がら空きだ。それでは反対に相手に喉を突かれて、あの世行きだ」
「……副団長殿……」
「しばらく見させてもらったが、まだまだ筋力が足りないな。切っ先も揺れている」
エドガーは馬から降り、ゆっくりとレイモンドの元へ近づくと、自分側に向けられたままになっているレイピアの先を指で押さえて、ニヤリと笑う。
だいたい、いつからエドガーは居たのだろうか? レイモンドは全く気配を感じなかった兄に、恐ろしいものを感じた。
「……」
「馬屋の掃除は終わったのか?」
「えっと、もうやる事が無かったので、やっていません」
よく、バカ正直と言われる。素直すぎて要領悪いとも。でもそれは譲れない性格だった。
「副団長……怒らないの?」
「なんだ、怒られたいのか?」
「別に…」
こめかみから顎へと汗が伝うのを感じると、レイモンドはようやくレイピアを持つ手を下ろした。緊張した左腕は痺れて、感覚が鈍かった。
「いつもここで一人稽古をしているのか?」
「うん……あ、はい」
「敬語でなくとも別に構わん。普通に喋りなさい」
「うん」
喋れと言われても、エドガーの前に出ると緊張で何を喋っていいのかわからない。
もう怒られるのが癖のようになっているレイモンドは、何かを話したら、すぐに怒られてしまいそうで、レイモンドはエドガーと二人きりになると、つい口をつぐんでしまう。
それは怒られてしまう事とは少し違う感情もそうさせていた。
─嫌われたくない。むしろ好かれたい。
そんな感情だった。
「今の型は誰に教わったものだ? 小隊長か?」
「いや、マリウス先輩」
「ああ、やはりアイツか。どうりで力任せの型をすると思った」
「そうなの?」
「お前の体重ならば、その突きでは骨に到達したと同時にレイピア自身に圧がかかってしまい、ポッキリと折れてしまう。突きでは無くて斬る方で考えるんだ」
そう言ってエドガーはレイモンドの腕からレイピアを奪うと、クルリと利き手に持ち替えて藁人形へ向かって足を大きく踏み出した。
ザシュッ!
エドガーの踏み出した足の音と、風が切れる高い音、そして藁がザックリと切れる音がほぼ同時に聞こえたかと思うと、藁はレイモンドの足元へとハラハラ舞い落ちる。
その鮮やかなエドガーの姿に、レイモンドは思わず感嘆の声を上げた。
「ヒュウ♪ すっげぇ…」
「当たり前だ。伊達に副団長はやっていない」
「ね、ねぇ副団長! 俺にも今の教えてよ!」
「しかし今のお前では筋力が足りないな。もう一段階軽いレイピアを用意するんだ」
「え…! だって、これの下だと少年部用だぜ!?」
エドガーの持つレイピアを指してレイモンドは面食らったように目を見開く。その訳は、彼のコンプレックスにあった。
レイモンドは多少幼く見えるが、実年齢は18歳を迎えていた。
だが線の細い体は、少し体格の良い15歳の少年と殆ど変わらず、彼なりに引け目に感じていた。
それをあからさまに言われたようで、レイモンドは思わず興奮してエドガーへと食いかかる。
「ではこのレイピアでは無く、私が持っているこの剣を揺れずに持っている事が出来るか?」
「出来るさ!」
「このレイピアでも切っ先が揺れるというのに?」
「出来る!貸してくれよ!」
「…好きにしろ」
エドガーは腰にぶら下げていた剣を抜いてレイモンドへ手渡すと、藁束を指差す。
「あの藁束の頭の部分を切り落としてみろ。そうしたら先ほどの型を教えてやろう」
「わかっ……た…くうっ!」
「どうした?持ち上げるのも難しいか?」
「そんな事…ねぇよ!…いしょっ!」
剣を持ち上げて目の前の藁束へと切っ先を向ける……と言いたい所だが、揺れるどころか剣は一瞬上に持ち上がっただけで、地面へと刺さるように落ちてしまった。
「何だよコレ!」
「やはり無理だったな。稽古は今度つけてやる。その前にきちんと学科講習の補修と筋力トレーニング講習も受けるんだな」
エドガーはそう言って小馬鹿にしたように笑うと、レイモンドの腕から剣を取り自らの腰へと収めた。
その仕草をただ黙って見ていたレイモンドは、悔しさのために小さく溜息をつき、ガックリと肩を落とす。
「そう肩を落とすな。努力次第でいくらでも人は変われる」
「…うん」
まるで道徳の教科書の一節をそのまま話すかのようにエドガーはレイモンドへと諭すと、馬を繋げてある馬屋の中へと入っていった。
「馬で来たの?」
「そうだ。歩いたら結構距離があるからな」
「俺、走ってきたけど」
「当たり前だ。罰だからな。さて、そろそろ晩飯の時間だな。風も強くなってきたし、馬が怯えないうちに帰るぞ」
「うん、わかった。片付けたら行くから副団長、先に行ってて」
エドガーの背中を追いかけるようにして馬屋の中へ入ると、レイモンドはボロボロになった藁束をいつもの場所へ立てかける。
いつもだったら剣が掠るぐらいで殆ど傷がつかない“エドガー君”は、それは無残な姿になっていた。
「悪ぃな、エドガー君。また今度直してやるからな!」
「ん?何か呼んだか?」
「ううん、べっつに。へへ」
“エドガー君”の頭をポンポンと叩いて挨拶をし、近くの物を片付けるレイモンド。
それと同じく、乗ってきた馬にくくりつけておいたロープをはずそうとするエドガー。
二人が馬屋の中で作業に気をとられている時だった。
外を一陣の風が吹きぬけた。いわゆる突風というもので、人がまともに喰らったらよろける程の強さだった。
バターンッ! ヒヒーン!!
「…!?」
「よーしよしよし、落ち着け。何だ? ずいぶん大きな音だったが」
大きな音で興奮する馬をなだめながら、エドガーはレイモンドへと尋ねる。
レイモンドはその答えに背後を振り返ると、入り口の方向を見る。すると、今まで開いていた入り口はピッタリと閉まっていた。
大きな音の主は、強い風で押されて、扉が閉まる音だった。
「扉が風で閉まったみたい」
「そうか。一雨も来てしまいそうだな。早く帰る用意をするぞ」
「うん」
自分の身長の倍はある扉を開けようとレイモンドは両手を使って目一杯押す。
しかし、いつもはすんなりと開く扉はビクともしなかった。
「あれ…あれ? 兄貴開かねぇ…」
「ん? …そうか。閂が倒れたんじゃないか? ちょうどこの足元の所ぐらいに横たわっているんだろう」
古い木製のガタツキが見られる門の外側は、大きな閂で施錠がされているが、馬屋の中に入る際、不注意にもその閂を近くに立てかけただけにしてしまったのだ。
それが風で押されて扉が閉まった衝撃で、閂が倒れ、鍵の役目をしてしまったようだ。
「倒れたんじゃないか?って、それじゃあ開かないって事!?」
「だな」
エドガーはあくまでも冷静に話をする。
一方のレイモンドは焦りを見せて、ガタガタと門を押したり、普段は開きもしない方向へ引いたりする。だが門はビクともせず、反対に再び強い風が通ったのか、ガタガタと強い揺れで押し返されるぐらいだった。
「う~~んっ! 開かねぇ!」
「そんな事をしても無駄だ」
「何でそんな冷静でいられるんだよ! 俺たちここから出られないかもしれないんだぜ!?」
「ああそうだな…よっと」
興奮するレイモンドをよそに、エドガーは地面に膝をつくと、門の壊れた箇所から外を覗き見る。すると、確かに閂は地面に倒れ、鍵のような状態で横たわっていた。
「ふむ、やはり倒れているみたいだ。結構重さもある上にどこかに引っかかっているんだろう、押しても開かない」
「引いても開かなかった…」
「当たり前だ。そういう構造だからな」
「そんな簡単に言うなよ…」
「まぁ、騎士団には馬屋の方に行くと伝えてあるし、帰らなかったら団員達が探しに来るだろう」
「そう上手くいくものかよ」
「仕方がないだろ」
しんと静まり返った馬屋には、未だに強い風の音しか聞こえない。
会話も弾まぬまま、藁の山に腰を下ろしてレイモンドはジッと前を見据えていた。
しばらくすると、フと視線を感じる。この馬屋の中にいるのはエドガーとレイモンド、そして馬しかいない。視線の主はどう考えてもエドガーだった。
横目でチラリとエドガーを見ると、無感情の顔と視線がレイモンドへと突き刺さる。
何か言葉を発した方がよいものか悩んだが、何を言ったらいいのかもわからない。
何しろ気がついてみれば、エドガーと長く会話をしたのはこれが始めてのようなものだからだ。
副団長に認めて欲しくて、空回り気味なアピールをした事もある。それが理由で怒られたこともある。それでも無視されるよりはマシだった。
本当は好きになってもらいたくて、その為には何をしたら一番いいかというのを常に考えてきた。それが恋愛感情に近いものだと自覚をしたのはつい最近で、そう自覚してしまうと余計に意識をしてしまう。
そんなレイモンドの気持ちを知ってか知らずか、エドガーはただレイモンドを見つめる。
言葉も無く、ただじっと見つめるその視線は熱っぽくて、やっとの想いで逸らした視線を追いかけられただけで、心の中の火が燃え上がりそうだった。
何を喋ろうかと、エドガーの名前を頭の中で考えただけでジワリと汗が滲み、体中が紅潮するのがわかった。
「暑いな…」
「えっ……!? な、なに?」
「いや、暑いと言った」
「あ、そっか。そうだよね。ハハ……はぁ」
口をついて出た溜息が外の風で掻き消される。
不意なエドガーの言葉は、まるで心の中を盗み見るかのようなタイミングだったので、慌ててレイモンドは言葉を返したのだが、なんてことはない、ただ「暑い」と言っただけだった。
意識しすぎたレイモンドの心臓はとんでもないぐらい早くなっていて、必死で抑えるだけで胸の辺りがキュウッと痛んだ。
エドガーが自分と一緒とは思わない。だが、窮屈な空間だと感じているのは同じらしく、一瞬だけ溜息をつくと、息苦しそうに制服の詰襟を緩めた。
「…ふう。お前は暑くないのか?」
呟いたような低い声がレイモンドの体を撫で、ゾクリとする。
「お、俺は…別に」
そう言って、フとやった視線の先には、開けられた胸元から見えるエドガーの少し濃い色の肌と、変わらず送られ続けられる視線だった。
まるで舐めるかのように送られるエドガーの視線は次第に段々と深くなってゆく。それに対し、眼差しに指先が震える。いや、正確には体全体が反応しているのだろう。
彼が自分をどういう意味で見つめているのか、どういう意味でそうしたのか。
お互いが見えるか見えないかぐらいの薄暗闇の中で尚もエドガーは視線を送り続ける。そんな視線に考えれば考えるほど胸の奥が苦しくなってくる。
「やはり暑いな。お前は平気なのか?」
そう言うとエドガーは自身の制服のボタンをすっかり外してしまった。
「副だ……エド……」
これ以上は声を出せない。実の所暑いのに、暑くてたまらないのに制服のボタンひとつ外せないのは胸の鼓動が強くてとてつもなく痛くてそれがバレてしまいそうだったからだ。
「我慢していると具合悪くするぞ」
そう言うとエドガーはレイモンドの近くに寄ると、制服のボタンを一気に外してしまった。
その指はまるで呪文でもかけられているかのようにするすると自然だった。
耳に入るのは外の強風の音と、エドガーの低い声、そして自分の鼓動―。
「暑くて溶けそうだ…」
「な……なんだよ、そんな冗談」
「冗談なんかではない」
レイモンドの頬を一筋流れた汗がまるで冷えた水のようだった。
そんな自分を隠そうと、相手には薄暗くて見えないかもしれないが、精一杯の平静と笑顔を作る。
それを満足げに見つめていたエドガーは静かに笑みを浮かべた。
「クラルス騎士団の中でも色々と気を付けた方がいい」
「それはどういう意味?」
吐息が感じられるぐらいの距離までエドガーはレイモンドへ詰め寄ると
「お前の見た目は女性のそれと見まごうばかりだ。騎士団の中は飢えた連中が多いからな」
下着から微かにのぞく鎖骨に視線をやるエドガーから逃げようとすると、まるで見えない糸に操られているように、体は硬直した。
「そう驚くな。忠告だ」
「……俺」
無意識に呟いた声も、また熱に浮かされたようにその耳に響く。
目を瞑りその熱から逃げようとしていると、気配に気づき、顔を上げるとエドガーの輪郭は近すぎて、ぼやけていてもう逃れられない位置まで来ていた。
そしてエドガーはごくごく軽いキスをレイモンドの唇へと落とした―。
クスリと発したのは策士の笑み。
小さく口端を上げるエドガーに、レイモンドの頬はみるみる高揚し、顔を真っ赤にすると何かを言ってやろうと、急いで立ち上がった。
「おや? 助けがきたようだ。制服のボタン留めておけよ。勘違いされかねない」
勘違いされるような行動を取ったのはどっちだと言いたい所だが、レイモンドは外にいる騎士団員達に大きな扉が開けられると、月夜の中を急いで一人走り出した。
レイモンドの気持ちはいたずらに刺激されただけで、まだまだ本当の気持ちはエドガーには通じそうに無かった。
了
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