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でたらめ狂想曲(カプリッチョ)
前から俺は、自分の人生というか、そう言うものに自信も何もなかった。
だけど今はそれ以上に、この置ける状況に戸惑っている――
「……な、なんじゃこりゃああああ」
まるで何処かのドラマのセリフを叫びながら店のウィンドウに顔を押し付けている俺こと緋邑 勇 を一瞥するように通り過ぎていく人々。
街中で怪しい行動を見たら誰だって変人に思う。だけど、そんな行動を取らずには居られなかったのには、理由があったんだ。
「叫ばないで貰えます?僕も注目されるじゃないですか……」
「お前こそ、冷静な事を言ってんじゃねぇよ!?」
今度は自分の隣に居た人物へと叫び散らす。
信じられない、どうしてこうなってしまったのか、夢なのか!夢なんだよな!?
取り乱しても仕方がないと思ってるのか、相手が冷静で嫌になる……。
話し掛けた彼をマジマジ見る俺は、また目を潤ませた。まるで鏡を見ているかの様な錯覚を起こしてしまう目の前の人物、お洒落なのかツンツンな短髪で軽い服装に20代手前か前半な顔立ちは、ヤンキーを思わせる。
それは、どう見ても俺が今してる筈の恰好だった。
頭を左右に振った後に顔を手で覆って冷静さを軽く取り戻すと、もう一度近くの店のウィンドをチラッと覗き込んだ。
そこに居た姿は俺じゃない。スーツにシャンとした姿勢と眼鏡が良く似合っている。
最初は服装を入れ替えるのが得意な手品師かと思ったけど、目の前にいる自身を見たら、考えたくないファンタジーな内容が頭の中に浮かんでしまう。
「どうやら、入れ替わったみたいですね」
「ですね――じゃねぇてばぁ……。何でそんなに冷静なんだよ!?」
こんなファンタジーな事がまさか…夢に違いないと考えようとした時に、今現在の状況を冷静に分析される…俺は何かしたのか、ただ自分の人生に思いふけていただけなのに。そんな相手の男は、俺の手に付いてた時計を見ると言った。
「11時…そろそろ、電話くるので対応宜しくお願いします」
「……はっ?」
言葉を理解する前に、胸ポケットにある携帯のマナーモードが震えて知らせる。
いったい何なんだ。とりあえず、電話を取って出てみる事にした。
「はい…もしも――」
『こらあああ九条 !! 何処で油を売ってやがる』
良い具合に耳に響いて木霊と耳鳴りがした。
キンときた痛み、もうこれは夢じゃない。とりあえず、こいつの名前が九条って事が分かっただけでも、儲けものだろう。
「す、すみません。今すぐ戻ります」
『戻るだと!お前まだ出勤すらしておらんだろうが!!』
こいつ仕事さぼってやがったのか――とりあえず、謝るだけ謝って電話を切ると、相手を睨んだ。
「お前……。早く『返せ』!?」
「……と言われても どう戻すんです?」
「そりゃぁ、さっきと同じ方法……」
まったくもって思い出せない。
どうやってなってしまったんだろうか、オーソドックスに頭突きでもしてやろうか……いやいや、たしか歩いていて、肩がぶつかってこうなった――
――さっぱりわからねぇ!
何処に入れ替わる要素があったんだっと、叫びたかったがこれ以上一人コントをしていたら警察に捕まる。
それに俺は警察が嫌いだ。まぁ家柄もあるんだけどな。
ふと、思い出したかのように俺は九条を怒鳴る。
「考えてもしょうがない!今すぐここを移動するぞ!!」
「どうして動くんですか?戻す方法考えたいんでしょ?」
――絶対こいつ、俺をおちょくってるッ
説明をする暇もなく、それはやってきた。
俺達の目の前に止まった黒いセダンから黒服の男が2人降りて来る。
「お迎えにあがりました。お乗り下さい」
「……分かった」
こいつ、ためらわずに乗ろうとしていやがる……。
話しかけたのは、俺の姿をした九条だ。この2人は俺に用があるわけで……あ、何かややこしくなってきた、一回考えるの止めよう。と考えを捨てる。
そうだ、今はアイツを止めなくちゃいけないからだ。
「お、お前状況分かってるのか!」
だが、黒服に阻止される。
「そいつは、『俺』の知り合いだ。手を出すな」
「おまっ!!」
「話はまた……のちほど」
爽やかに笑う俺にそう言われて引っ込む男達。
とうとう九条は、なりきる事を選びやがったみたいだ。
俺が唖然としてる中、車は俺の前から消えていった―― てか「のちほど」って!あいつの電話も何もしらない訳じゃないな、あれは俺であって携帯も俺だから電話をすれば済む訳だな
いざ電話しようと携帯を取り出したが、自分の番号を覚えていなかったので、また軽く涙目になって携帯を握りしめた。
「……自分の番号すら覚えてない俺が憎い……」
そう思いながら落胆した。
「はぁ……。方がない。とりあえず、こいつの仕事場にでも行くとするか」
何か場所が分かるものがないか懐に手を入れて探すと、何か手帳のようなモノを発見する。
「あったあった……!」
それは手帳だが、手帳じゃなかった。
そして、自分が嫌いなモノだったのは、言うまでもない話……
****
俺は、手帳を見て驚き住所を頼りにここへ来た。
正直言って、行きたくない…このままサボって良いだろうか?
だって、関係なくね?赤の他人の仕事場行って何が楽しいのか……それとも俺が真面目なのか?ほっとけば良いのに『こいつ』の立場を考えて来てあげるなんてさ。
「やっぱりやだ……。帰ろう、うん」
今、俺が居る場所は警察署。九条は、刑事だったらしい。
一番苦手な奴と体を入れ替えるとか、どんだけ不幸なのかと、本当に人生を恨む。
入り口の真前で立ち止まっていると、誰かに後ろから肩を叩かれる。
「っうぐ!」
「お、珍しくひっかかった♪」
そこに居たのは女だった。
今その女に俺は振り向きざまに、頬に指を押し付けられている……
「遅刻乙~、ささ一緒に行きましょうよ」
「んなっ!押すな、俺は行くなんてい言ってない!」
「はぁ?部長に怒られたから来たんでしょ?」
女に押されながら移動する。
ヤバイ、ものすごくよくあるベタ展開になってきた…。この女はきっと同じところで働く女刑事って所だよな…。そして、代わりに怒られるわけか…
「やっと来たのか!毎回毎回、どうして遅刻してくるんだ!?」
「……」
言葉もない。てか、あいつの私生活など知るか…
ここは『刑事課』みたいだ。どうやら、本格的に俺の嫌いな部署だな。
「余所見してるんじゃない!」
「すみませんっ、今後は気をつけまーす」
とりあえず自分なりに謝ってみたが、逆に怒られてしまう…俺は、何かを間違えたのだろうか。クドクドと説教を垂れられてる最中、部長の電話が鳴り響いた。
Pululu
「部長?鳴ってますよ…」
説教を中断されるやるせない気持ちを抑えつつ電話を取る上司。
電話の内容は暴力団の絡みの話みたいだ。 暴力団は、いわゆる一般で言われる『ヤクザ』の事だ。何を話してるんだろうか、気になって耳を澄ます。
「緋邑組だな……」
「――!」
「おい、緋邑組がなんだって?!」
「発砲があったらしい……。匿名電話だ」
緋邑組。それが俺の家柄だ。
潰れてくれるなら有り難いなんて思った時期もあったけど。いざ、落とされたと思うと神経を逆なでされる気持ちになる事を身を持って感じる。
「俺も行きます」
驚いた顔をする部長や他の人々
「……珍しいわね。自分から突っ込もうなんて」
女に言われる。てか、どんだけ不真面目なんだコイツ!きっと周りは驚いたんじゃなく、目から鱗だったんだろうな。
「ま、何かあったとしても誠一 くんが居れば、安心ね」
「へっ?」
「だって、あなた柔術得意じゃない」
あーなるほど…。こいつは下の名前を誠一って言うのね。で、柔術が得意――いやいやいや、俺得意じゃないよ!全然出来ませんけど、てか刃物すら持った事ないのにさ……。ヤクザもんのクセに武器 を手にした事ないのかって思うかもしれないが、それが嫌で悩み悩んでいたんだ。俺はヤクザは向いてない……。
とにかく!行かなくては…
「おっさ……部長!場所は家ですか?」
「いや、此処の近くの港みたいだな」
「港?」
俺の家は、鉄砲玉を送られて命 を狙われる事は多々あるが自分から戦争を吹っ掛ける事などないはず。
親父がそうだからな、息子の俺が知らないわけがない。それだと、これって俺の家を騙った嘘の情報じゃないのか?
陥れられる前に、どうにかしないと……。
「それはそうと、これ持ってくわよ」
何かを渡されて、手に収めると重い感触と鉄が手に伝わった。
「げっ…チャ――っ!」
それは拳銃だった。
そりゃそうだよな、殴りこみに行くんだし、さっき刃物も持った事ないって思ったばかりなのに、悲しくなってくる。
「あれ?顔色悪くない?」
「いいえ!そんな事ないデス!」
ええいままよ!もう、どうにでもなりゃぁいいさ!
とりあえず俺はこの女、アヤメ(呼ばれてたのを聞いた)と車で港までドライブだ。
****
車を止めると、アヤメの目を掻い潜り港をうろついている。そうだ、邪魔な携帯の電源も切っておくか……鳴られてしまったら面倒だ。
これは俺のやまだからな。匿名とか使った野郎を見つけなきゃならない。親父とかは来てるんだろうか、家に電話――したって、相手されるわけないな
(……『俺』が居るわけだからな)
さて、部長の話を詳しく聞いてなかったし、何処に居るかもわからね。
どうやって探すかな。そう考えながら、探し回っていると小さいが声が聞こえる…。倉庫…奥の方のボロイ所からだな。あー…めっちゃありがちな所で話し込んでるわけですね。
こっそりと覗き込むと、そこには敵対している組と一人目立つ、そこの奴等とは、違う男が立っている……何だかそいつらと普通に話している。
あれはもしかして……。
(何でアイツが!)
それは、俺の組のヤツだった。裏切りだったら俺が破門でもなんでもやって、逮捕状にのし付けて警察に叩き付けてやりたい。だが、それも出来ない…。
「……」
言葉が出ない。そこに居たのは、緋邑勇…俺だった。
――て、何してるのあいつ!バカか、『俺』が捕まったら色々と迷惑が掛かるじゃねーかよ!てか、俺が一番迷惑なんですけど、俺はお前に何かしたのか……?
軽くパニックになりながら涙目で頭の中に言葉を巡らしていたのが不味かった。
見張りが居ない訳がない、事を理解してなかった俺の頭に硬い物が当たれば、自分の状況を忘れていた事を思い出す。
「立ちやがれ……お前、サツか?」
「……っ」
そのまま中へと連れて行かれると、九条と裏切者が俺に目を向けた。
「何だそいつは……」
「へい、そこで盗み聞きしてたみたいです」
「……」
まったく話なんて頭に入ってなかったが反論せず黙っておくか…九条と目が合うが、逸らされた…くそ~何を考えてるのか、さっぱり分からない……こいつ腹が立つ。
「とりあえず、緋邑の息子…お前の仲間がこれから此処に向かってる訳か?」
「……ああ、お前等に落としまえ、つけさせる為にな」
おとしまえってあんた、仮にも警察だった奴が……て、お前ちがーーう!組が来るって!ダメダメそれ罠だから!?
「おい!匿名でお前等の組がサツの方に連絡がいってるんだぞ!罠だろうがこれは!」
俺が見たって分かる。
戦争かもしれないって言うのに、相手の手下は三下含めて数人だ。
明らかに戦う気なんてサラサラない――てか、相手がアホだな…敵対してる組だとしても、ここまでアホな組織は切られたって(破門)、いいや、切られるだろうな―― 後で親父にも眼中になしって伝えとかなくてはならない。
ガッ
俺の言葉に焦ったのか、相手に拳銃 で顔を殴られた。
「……っ」
チンピラと喧嘩した時より、道具で殴られるのは痛いな……。
口に広がる血の味を我慢して、殴ってきた相手を睨み返した。
「だまっとらんか、おんどれ!?」
すると、今まで黙っていた九条が口を開いた。
「知ってますよ……。『罠』だって」
その言葉に周りがざわつく、俺だって驚いたよ。
じゃぁ何で、わざわざ、此処に来たんだって思うだろ?思うよ普通は馬鹿かって!
「こんな見え透いた事に引っかかるアホは、誰もいないですよね」
「え、それお前が言うの!今 現に引っかかってるジャン!?」
「残念ですが……“引っかかってあげた”のですよ」
何て余裕な表情をするんだこいつ…俺の顔でカッコイイ台詞を言いやがって――
一瞬だった。
そう、俺が瞬きをする間に近くにいた九条よりデカイ男が、あいつの手によって仰向けに倒されると、手に持っていたモノが空に吹っ飛んだ。
落ちてくる獲物を上手くキャッチしてみせる九条は、慣れた手つきで相手に向けた。
男共が手に拳銃を構える間に、相手を打ち抜いて身動き取れなくすれば、あっとゆう間に俺は状況から解放される事となる。
――凄い。こいつ使い慣れてやがる……。
呆気に取られて座り込む俺を飽きれながら腕を掴むと、近くの鉄箱の裏へ九条に連れていかれた瞬間、『キン』と弾く音が聞こえて耳を塞ぐと、それは鉄に何かが当たったのが分かった。
きっと、もう一歩遅かったら、応援に来た敵の流れ弾に当たっていたに違いない。
「訓練以来でしたが、上手くいきましたね」
「ちょ、お前……初めてなのかよ!?」
――あの正確さで拳銃を使うのが初めてとか、うざい。
え、別に武器 すら手にした事ない俺の当てつけかな、コイツは!
「僕の顔でふて腐れるの止めて貰えます?正直、鬱陶しい」
「っんな!?」
鬱陶しいと思いたいのは俺だ!早く『俺』を返しやがれってんだ!
すると、九条は俺に手を差し出す。意味が分からず、手の平に人差し指でツンとつついた所で、呆れた顔が目に止まった。
「持ってるでしょ、僕の携帯」
携帯が欲しかったらしい。
間抜けな行動をしたのだと分かって顔を真っ赤に赤らめつつ、それを懐から出して渡す。
銃声は耳に痛いが、上手く片手でボタンを押して、向こうを見ずに打ち返す。
――何モンだこいつ
「もしもし、アヤメさん?」
『ああ!何処いってるのよ。電話の電源も切るし、銃声が何処かで聞こえるんだけど、場所が分からないのよ……って、そこ五月蝿くない?』
「ええ、ちょうど見つけたんです。8番街の倉庫内なので宜しくお願いします」
『分かった、向かうわ……て、声高くない?』
ピッ
その質問に答えるつもりがなかったんだろ、切ってしまった。
ああ、このままだと俺が捕まる。いや、俺の姿をした九条 だけど
「大丈夫ですよ。僕もあなたも、何とかなるでしょう」
「……」
――勝手に俺の心を読むなよ…。
銃声の音が響く中、サイレンが近づいてくるのが分かった。
どうやらアヤメがマル暴(警察内の暴力団関係を取り仕切る所)とかを連れてきたか、とりあえず、この状況は収まると良いのだが、上手くいくだろうか……。
装備を厳重にした警察が中を取り囲む、相手は抵抗するつもりはないのだろう…ほぼ、九条に最初にやられてしまい、今なんか逃げる暇をも逃 してしまったのだから。
「はぁ~……静かになった……」
「……貴方、緋邑組の者でしょ」
――言いたい事は、分かってる。
それ以上言うんじゃねぇ…
「悪いかよ……。俺嫌いなんだよ、ああいうの……」
膨れて、そっぽ向いた俺にアイツは言った。
「僕の顔で言うのやめてくれません?気色悪いです」
「……」
どうしろってんだ。
まぁ、一段落はしたんだから、今、こいつが居る間に戻る方法を――
「九条おおおお!出てこんか!」
部長がお呼びだ。
悪いがそれどころじゃない、ここからこいつを引っ張って脱出だ。
****
人気がまったくない場所に引き込んで、俺は仁王立ちで九条の前に立った。
「で?こんな場所で何を?」
「戻るんだよ!」
――戻り方は分からないが、何かあるはずだ。
それを思い出すなり何なりすりゃ、良いだけだけど……。でも、こいつ自体はどうでも良いのか平然としてるし、自分の顔でそんな態度を取られるのを見ると、本当に腹が立つ!ムカッ腹が立つ。
――しかも、本人より様になってるんだよな……
「てか、このまま流れに流れたら、戻るチャンスがなくなるだろ?」
「まあ、確かにそうですね」
「……」
だが、こうもグダグダしていると本当に如何にも出来ないもので……。
それがまた悠々と掴みどころがない九条の姿にイライラしていた俺は、怒りで注意散漫になっていた為に、背後にいるモノに気が付かなかった。
「ぐッ!」
話も途中だと言うのに空気を読まないソイツは、俺の首を後ろから絞めるように押さえつけてくると、ドス(短い刃物)を手に俺の喉元に突きつけた。
「動くなよ?俺を逃がすの手伝いやがれ、それでお前が代わりにハコにでも入ってろ」
――あいつをドスで脅さなかったのは、さっきの戦いを見てたからだろうな。あれは怯む。
それにしても、やっぱり俺は、この世界は向いてない気がする。簡単に捕まってんだからな……。
九条がゆっくり体を動かすと、エアー眼鏡をクイッと指を動かす。
「残念ですが、彼は、堅気(一般)じゃありませんよ?ましてや僕も今は堅気じゃないですが…」
「な、何を訳が分からない事を――」
ためらわずに近づいて来る九条にビビる男。
相手のドスが首に刺さりそうになった瞬間、相手の腕が何かの振動で持ち上がった。
いや、持ち上がったんじゃない、打ち上げられたような感じだ。
そして、俺が唖然としてる間に男はひっくり返され、そして相手の手から引き剥がされるように解放された俺は九条の腕の中で、倒れない様に抱きとめられていた。
まるで、どこかのヒロインの様に――
「な、なんだ!」
腰を抜かしている俺に九条は言う。
「僕、古武術が得意なもので、間違うと相手を殺してしまうのでそれは避けたかったのですが……ああ、大丈夫そうだ」
痙攣している倒れた男を目に止めると、眼鏡の下に爽やかな笑顔と御対面した。
そして立ち上がる相手へ俺はツッコんだ。
「うおい!柔術じゃなかったのかよ」
「ああ、仲間には柔術って伝えてあります。説明が面倒なので」
「そうかよ……」
――本当にいけ好かないやつだ。
ん?何だか、違和感を感じる。景色を最初は見渡していたが、何が変なのかが分からない。
悩んでいる俺を放置され相手は、携帯で電話中だ。
「ああ、部長ですか?ええ、ここの裏にいます。親玉でしょうね、寝かしときました」
部長の怒鳴り声がここまで聞こえる。
本当にマイペースな男だな――と思いながら相手の顔を見てふと気が付いた。
「あああああっ!」
「だから、大声を出さないで下さい。不審に思われる」
あっさりしていて気が付かなかったが、戻っている。
いつ戻ったか分からないが、嬉しそうに自分の服や顔を触りまわしながら目を潤ませている俺に九条は言った。
「この組は、小さい麻薬取引ばかりしてましてね。鬱陶しかったので、捕まえたかったんですよ。そしたら、上手い具合にあなたの所に罠を張ってきたので、逆に利用させてもらいました」
「……なるほど…?」
――それで俺の所を利用したって所か…あなどれない。
いやいや、そうじゃない!?危うく、俺も捕まる所だったんじゃないか……!
と思う反面、悪い奴じゃなさそうだ。と感じる自分が居る。
――一応は、正義の警察って所だな。
そう納得しようとした俺に彼は言った。
「逃げると良いですよ。これで、貴方の家も安泰、僕の面倒な仕事も減った。そして借りも出来た」
「……ん?」
「僕に、ね」
――前言撤回だ。
こいつは、ヤクザより達が悪い。いや、俺にとって悪だ。
警察に借りを作るヤクザってなんだよ、俺マジで向いてないこの世界(しごと)!?
そして、近づいてきた九条は、俺のアゴに指を乗せた。
「借りをさっさと返したいなら、別に体で返すって事でも良いですよ?」
「か――っ!?」
それは、俺と九条で寝ろって事なのか……。
恥ずかしくなった俺は顔を赤らめる。
(へぇ……こっちで顔を赤らめるのは、ありだな…自分のは嫌だけど)
そんな事を思われてるとも露知らずの俺は、そのまま相手の口が近づいてきて――
逃げようと動こうとするが、何故か動けない。そう言えば、古武術って、そういう方法もあるって聞いたことが――。
――キスされる。
そう思って目を瞑った俺の首筋に痛みが走った。
ガリッ
「いッ!!」
首筋を噛まれた。
そして、余裕そうな顔で下から俺を見て嬉しそうに微笑む苦情が目に止まる。
「キス……されると思いました?残念ですね、期待に応えなくて」
――え、期待?だ、誰が??
「……んな、期待なんてしてねぇよ!?」
「そうですか?もの欲しそうな顔でしたけど?」
そう言いながら俺の手首を軽く舐めたかと思うとまた噛まれて吸われる。
――何だこれ。変な気分だ、そのまま耳元に口が近づいてくると吐息があたる。
やばい……。何かがヤバイ……!
「お、おい。ここは、あいつがノビてるだろ!止めろ!?」
「それじゃ……ここじゃなければ良いんですか?」
「ち、違う、そう言う意味じゃ」
…遊ばれてる……完全に――
悔しい気持ちで反論しようとした時、九条に言われた。
「体って言ったって、普通は“仕事”を考えません?」
「…へっ?」
そう言われて、ハッとする。
確かにそうだ。何を考えてるんだと、自分に幻滅した。
アゴに手を乗せられたから、つい危ない方を考えてしまった思考が恥ずかしくなって、更に顔を赤らめる。
そして、相手の手を払うと、何か罵倒しようと考えて口をワナワナと動かしながら指をさすが、言葉が出ない。
でも、何かを言ってやりたい だから――
「ちくしょおお、誠一のばかやろおおお!お前なんてサツに捕まっちまえええええ」
一応嫌味を残して、泣きながら走り去ってゆく。
「……あれは、嫌味なのか……?」
――まぁ、楽しい物(おもちゃ)見つけたし…これから楽しめそうだ。
そう嬉しそうに自分の唇に指をあてて微笑んだ。
*****
家へ帰った俺はいつも以上に出迎えられた。
「お帰りなさいやせ、若!?」
「……何?これどういう事……?」
何だか尊敬の眼差しを向けられている。
「勇さん、お帰りなさいやし」
「おう、暁 …これどうしたんだ?」
頭を下げてる一人に声を掛ける。
こいつは、ここで俺とタメの奴だ。
「何言ってるんですか……。皆、勇さんが根性焼きしたんじゃないすか」
「――はぁあッ?!!」
あいつは、何をやってるんだ、自分が堅気の世界で生きていけるか今日は悩んでいたのに、これでは逆効果ではないのか。
尊敬の眼差しがとても痛い……
いますぐ、「それは、俺じゃないんです」って伝えてしまいたい。が、無理だろうな…だって、根性焼きしたのも『俺』なのだ。
こうして、俺は九条から逃れる術を失ってしまうのだった。
(あいつ……今度あったら、シメる)
頭を下げるこいつらの前で、心からそう思うのだった。
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