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下校しようと靴箱に向かう足が止まった。
昼から降りしきる雨のせいではない。今は梅雨真っ只中だ。この天気は三日連続で続いている。蒸し暑さが苦痛なこと以外はもう慣れた。
止まった理由は、ひとつしかない。
彼だ。
クラスメイトの長嶋 がそこにいたからだ。
これから部活なのか、ジャージ姿だった。両手をポケットに突っ込んで外を眺めている。それだけで絵になっていた。実際、通りすがりの女子たちがちらちらと盗み見ている。
俺もその一人だ。周りの生徒の視線を気にしながら、広い背中を盗み見ている。
苦しい。胸がぎゅっと締め付けられる。ありきたりな表現しかできないが、彼を見ていると本当にそうなるのだ。
厄介なことにその痛みも心地良い。だから、しんどくてもやめられない。
人が少なくなったのを見計らい、靴箱への歩みを再開させた。
だんだん彼が近づいてくる。違う。俺が近づいているのだ。
そんなしょうもない思考を巡らせていないと、彼の近くにはいけない。近くの空気を吸えない。頭から体全てが、彼を意識してしまう。
すぐ隣に、彼がいる。何か話したい。何か話さないとつまらない奴だと思われる。そうか、挨拶だ。それだけでいい。というかそれがいい。会話を弾ませるスキルなど俺にあるはずがない。
顔が熱くなる。自分の自惚れに。そもそも俺のことなんか意識しているわけがない。俺はなんでこうなんだ。外靴に履き替え、傘を差してさっさと帰ろう。
「雨だな」
声がした。思わず目を向けたが、向けなくてもわかった。彼だ。綺麗な横顔がすぐ目に入った。その彼が、俺に向かって声を掛けている。雨だな、と。
「うん」
貴重な体験だと認識していながらも、それしか返せなかった。しかし他に何か選択肢はあっただろうか。つまらない奴だと思われていないだろうか。
会話がない。いや、もう終わったのだ。
雨だな。
うん。
この会話はそれが全てだ。
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