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閑話・父王クラウス

※流血表現あり ラビエル王国建国以来ただの一度も侵略されたことのない王城の深奥、歴代騎士団長たちの勇姿をかたどった大きな石像が並ぶその先に、国王の私室がある。 その部屋に入ることが許されるのは妻である王妃と血を分けた子どもたち、そしてその直近の護衛だけだ。 来るもの全てを拒絶するような厳格で冷たい空気が張り詰める扉を挑むように睨みつけ、リヒャルトはその前に膝を折ってこうべを垂れた。 「…失礼致します。王国の太陽、国王陛下の第四子リヒャルトでございます。」 数秒の沈黙の後、重い音を立てて扉が開かれる。国王直属の近衛兵たちはリヒャルトにしっかりと敬礼し、部屋に招き入れてくれた。 小さなテーブルで葡萄酒に舌鼓を打っていた国王クラウスは、赤ら顔で少し胡乱な瞳で、投げやりな視線を寄越す。その態度に、リヒャルトは苛立ちを覚えた。 「早かったな…そんなにあの兎に入れ込んでおるのか。」 「入れ込んでいる、というのは違います。私は彼を愛していますので。」 「ふん、なんでもよいわ。要件はわかっておる。あの兎の釈放だろう。」 国王は葡萄酒の入ったグラスを回し、中を転がる深い紫色を恍惚とした表情で見つめている。そしてリヒャルトを上から下まで舐めるように見つめ、その後ろに控えるゲオルグに視線を移した。 「ゲオルグ。」 「はっ。」 「どこでも構わん。それの爪を一枚儂に捧げよ。」 一瞬の間。 ゲオルグはちらりと主人を見やる。主人は僅かな動揺も見せずゲオルグに視線だけで答えた。 やれ、と。 その場に膝をついて左手を地につけたリヒャルトの、ほっそりした小指の先に生えている小さな爪に手をかける。剣を握ったこともない手はゲオルグから見たら細く頼りなく、簡単に捻り潰せるだろうことがうかがえる。爪一枚剥ぐなど朝飯前だ。 ゲオルグはリヒャルトにだけ聞こえるように小さく「いきます。」と声をかけて、なるべく苦痛が少なく済むよう、躊躇いを捨てた。 「ぐッ…!!」 歯を食いしばって悲鳴を飲み込んだリヒャルトの顔に、どっと冷や汗が出る。怪我などほとんどしたことがないというのに、大した精神力だと感心しながら、綺麗に剥がれた小さな爪を国王に献上した。 国王は爪を受け取るなり、見もせずにそれをテーブルに置いた。付着した血が最高級のテーブルに斑ら模様を作り出す。国王はそれをみな一つずつ丁寧に味わい、やがて小さく肩を震わせた。 「ふふ、ふはははは、いいぞゲオルグ、ご苦労であった。」 国王は残りの葡萄酒を仰ぎ飲み干して、立ち上がってリヒャルトの前に片膝をつくと、グッと強引に顎を持ち上げて顔を真正面から覗き込んだ。激痛に顔を歪め冷や汗を滴らせながらも、その瞳だけは今にも噛みつかんばかりにギラギラと輝いている。 国王はその表情を見て、ニイと口の端を歪めた。 「…はは、いい顔だリヒャルトよ。お前は本当にオリヴィアによく似ておるな…まるであの女が這い蹲っているようで非常に愉快だ。…ふふ、いいだろう、お前の愛とやらに免じて釈放許可証を出そう。持っていけ。」 解放されたリヒャルトは歯を噛み締めて心の内で罵詈雑言を浴びせ、(おもて)には笑顔を浮かべた。 「…王国の太陽国王陛下のご慈悲に、感謝いたします。」

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