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葵生川 望②

 結局、半日では大した場所には行けなかった。  京都駅周辺の寺、神社を二、三回ったが、約束の十七時より随分早めに、待ち合わせ場所の四条に向かい適当なカフェに入った。  大通り沿いのセルフサービスのカフェの二階で時間を潰していると、待ち合わせより十五分も早く浅野から着いたと連絡が入った。  カップを片付け店を出ると、スーツにトレンチコート姿の浅野が立っている。  重たそうなビジネスバッグを持って、多少くたびれた顔をしているがいい男には違いない。同世代(といっても、望は浅野の正確な年齢を知らない)の男性と比べるまでもなく、年齢を感じさせない引き締まった体をしていて、背もすらりと高い。 「おつかれさま」  と望が声を掛けると、くたびれた顔は一瞬で消し飛び、「ありがとう。待たせて悪かったね」と嬉しそうに微笑んだ。 「夕食は神戸牛の店でどう? この近くにいい店があるんだ」 「それ最高」  明日の湯豆腐も魅力的だが、今夜はガッツリしたものが食べたいと思っていたのだ。  店はその場所から五分くらいで、既に予約をしていたのかスムーズにテーブル席まで案内された。実にスマートな男である。  ローストビーフや希少部位のステーキ、付け合わせの京野菜を赤ワインとともに楽しんで、望はほろ酔い気分でタクシーに乗った。  ホテルもすぐそばのようで、タクシーは十分も走らないうちにホテルの前に停車した。どうやらチェックインももう済ませてあるらしく、望は浅野に肩を抱かれてフロントを通過し、エレベーターホールに向かった。つくづくスマートな男である。  宿泊階に到着し、浅野が部屋の鍵を開ける。扉が閉まった瞬間に、足元にどさりと浅野の重たいカバンが落ちて、望はぎゅっと抱き締められた。  今は肉の焼けた匂いや油の匂いが髪や衣類に染みついているが、基本浅野は無臭だ。柔軟剤の匂いすらしない。加齢臭なんてもってのほかだ。浅野の温もりに包まれると、不思議と落ち着く。美味い肉と美味い酒でようやく胃の辺りの痛みを忘れられ、抱き締められてようやく人心地ついた気分だ。 「まずはシャワー?」  こくんと頷いた望の唇に、浅野は微笑んで、ちゅ、と触れるだけのキスを落とした。  順番にシャワーを終え、ベッドに入る。いつものパターンだと、浅野が主導でセックスがはじまる。 「あ――ちょっと待って」  ねっとりと情熱的な口付けからはじまったセックスだが、望はふと思いついて、熱心に望の乳首に口付ける浅野を制止した。  このまま進むと、いつものように望はわけがわからなくなるまで感じさせられてしまう――もっとも、浅野とのセックスはそれを求めているわけだが――その前に、望は行動に移した。  戸惑っている様子の浅野をベッドに押し倒し、自分は身体を起こしたまま、よじよじとベッドの上で体をずらし足元に移動する。そして浅野の股座に蹲ると、既に兆した浅野のペニスに触れた。 「え? 何するつもりだい?」  浅野に返事をする代わりに、望はぱくりとそれを口にした。「……っ!」と、浅野が声にならない様子で息を詰めた。望は気をよくして、たちまちぐぐんと体積を増したそのペニスに、チロチロと舌を動かし愛撫をはじめた。 「あ……っ、アオイ……っ、何を……」  浅野は戸惑っている風ではあったが、どうやら気持ちよくなってくれているらしい。  これまで、男のものを咥えたことなんてない。浅野に望のそれを咥えられたことはあっても、逆はない。そう、先週、焼鳥屋のトイレで義松の粗品を口にしたのが初めてだ。  はぁはぁと浅野が息を乱している。いつもより興奮しているようだ。浅野はいつも冷静で、セックスの最中に、こんな風に息を乱すことはなかった――少なくとも、こうして望が浅野の様子を観察する余裕のある間は、息を乱すようなことはなかった。唯一達する直前、その俳優然とした端正な顔を歪めるのみだ。  浅野の達する瞬間が好きだった。  いつも余裕の浅野が見せる、唯一の余裕のない表情だったから。しかし彼とセックスするようになってから、その感覚は味わうことがない。浅野の行為は巧みで、いつも望は何度もイかされて余裕がない。  久々の感覚に、望はぞくぞくと興奮が走った。  義松を感じさせたように、舌を動かし唇を窄め、頭を動かす。声こそ出さないが、徐々に浅野の息が上がり、ときどき苦しそうに呻く。浅野に口で奉仕しながら、義松が涙を流してよがりそのまま口の中で射精した瞬間を思い出し、望も興奮していた。  今までにないほど、浅野のペニスが口の中で硬く張り詰めている。早くそれが欲しいと思い、自身の後孔に手を伸ばしたそのとき――浅野が体を起こし、あっという間に体勢が入れ替わってしまった。

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