2 / 10
第2話
だけどこんな雨の日は、気象予報士に蹴りをかましたくなる。だって折り畳みの傘を鞄に入れてくるの忘れちゃったんだ。
朝、思いっきり晴れ渡っていた空を見ていたというのに。夕暮れの訪れはなくて、雨粒がぼくを襲うという現状。魔法使いが山火事を鎮火するために星屑を降らせたのだろうか? それとも恋人と別れた人魚が悲しみのあまり流してしまった涙? どっちにしろ、制服が重みを増している。ずっしりずっしり。雨粒が転がり落ちる。
髪に、肩に、滴る雨の雫。
濃紺のブレザーはいつの間にか黒ずんでいて、死神になった気分だ。
霧雨に隔たれた灰色世界で、信号待ち。霞がかった前方に辛うじて見えた信号の赤。一週間前に散ってしまった花が、地面を淡いピンク色に染め上げている。なんの花だろう。曖昧な、それでいて神秘的な光景。灰色と淡桃色をかき混ぜるように雨は降りつづける。
そろそろ梅雨がはじまるのだな。
それに、見とれていぼくは、当たり前だけど、気づくとスニーカーも、白い靴下も、びっしょりになっていて。
あまりの不快感に耐えられなくなって、思わず走りだしていた。
信号が変わる、前に。
「バカヤロウ! てめぇ、死にてぇのか?」
心臓が口から飛び出してしまいそうなくらい、驚いた。心臓は飛び出さなかったけど、
身体が飛び出したのは事実。それにこれは、怒られても仕方のないこと。
人を轢いてしまうところだった車の急ブレーキ。荒々しい声。走り去る車。道路の真ん
中にぽつり、残されたぼく。
運転手の怒声も、浴びせられた罵詈雑言も、どこか別世界から聞こえていた。
信号は、いつの間にか青に変わっていた。
向こうから誰かが歩いてくる。さっきの出来事に驚いて、道路の真ん中にしゃがみこん
でしまったぼくに近づいてくる。
「とんだ災難だったね」
目の前にさっと手を差し出し、立てと促す。信号が点滅を始めている。ぼくは慌てて立ち上がり、手を引かれて、向こう側へ渡る。白い傘が頭上で花開く。
「びしょ濡れだよ。これさして」
ぼくは、ここまで連れてきてくれた人を見つめる。燕尾服のような黒い服と日傘のような白い傘。ちょっと情けなさそうな顔は眠そうだからか、それとも一重瞼だからか。だけど、若い男の人で、比較的綺麗な顔だちをしていることはわかった。
「でも、あなたが濡れちゃいます」
ぼくは傘を手渡されて戸惑い、困惑の表情を向ける。彼はたいしたことない、と笑って応えた。
「だって僕は雨の精だから」
鼓動が蠢く。頬が朱に染まる。彼の笑顔があまりにも眩しくて……
もしかしてこれが――一目惚れ、というものなのだろうか?
ともだちにシェアしよう!