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第2話

 だけどこんな雨の日は、気象予報士に蹴りをかましたくなる。だって折り畳みの傘を鞄に入れてくるの忘れちゃったんだ。  朝、思いっきり晴れ渡っていた空を見ていたというのに。夕暮れの訪れはなくて、雨粒がぼくを襲うという現状。魔法使いが山火事を鎮火するために星屑を降らせたのだろうか? それとも恋人と別れた人魚が悲しみのあまり流してしまった涙? どっちにしろ、制服が重みを増している。ずっしりずっしり。雨粒が転がり落ちる。  髪に、肩に、滴る雨の雫。  濃紺のブレザーはいつの間にか黒ずんでいて、死神になった気分だ。  霧雨に隔たれた灰色世界で、信号待ち。霞がかった前方に辛うじて見えた信号の赤。一週間前に散ってしまった花が、地面を淡いピンク色に染め上げている。なんの花だろう。曖昧な、それでいて神秘的な光景。灰色と淡桃色をかき混ぜるように雨は降りつづける。  そろそろ梅雨がはじまるのだな。  それに、見とれていぼくは、当たり前だけど、気づくとスニーカーも、白い靴下も、びっしょりになっていて。  あまりの不快感に耐えられなくなって、思わず走りだしていた。  信号が変わる、前に。 「バカヤロウ! てめぇ、死にてぇのか?」  心臓が口から飛び出してしまいそうなくらい、驚いた。心臓は飛び出さなかったけど、 身体が飛び出したのは事実。それにこれは、怒られても仕方のないこと。  人を轢いてしまうところだった車の急ブレーキ。荒々しい声。走り去る車。道路の真ん 中にぽつり、残されたぼく。  運転手の怒声も、浴びせられた罵詈雑言も、どこか別世界から聞こえていた。  信号は、いつの間にか青に変わっていた。  向こうから誰かが歩いてくる。さっきの出来事に驚いて、道路の真ん中にしゃがみこん でしまったぼくに近づいてくる。 「とんだ災難だったね」  目の前にさっと手を差し出し、立てと促す。信号が点滅を始めている。ぼくは慌てて立ち上がり、手を引かれて、向こう側へ渡る。白い傘が頭上で花開く。 「びしょ濡れだよ。これさして」  ぼくは、ここまで連れてきてくれた人を見つめる。燕尾服のような黒い服と日傘のような白い傘。ちょっと情けなさそうな顔は眠そうだからか、それとも一重瞼だからか。だけど、若い男の人で、比較的綺麗な顔だちをしていることはわかった。 「でも、あなたが濡れちゃいます」  ぼくは傘を手渡されて戸惑い、困惑の表情を向ける。彼はたいしたことない、と笑って応えた。 「だって僕は雨の精だから」  鼓動が蠢く。頬が朱に染まる。彼の笑顔があまりにも眩しくて……  もしかしてこれが――一目惚れ、というものなのだろうか?

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