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第5話
妖精が今にも目の前で躍りだしそうな夜。雨は降る予定なのに、まだ降ってないからぼくは少しだけユーウツになる。
銀食器が奏でる夜想曲を聞くことができるのは選ばれた高貴な人間だけ。赤紫色したツリガネソウの花弁で作られたドレスを身に纏った花の妖精たちとともに、ぼくもすこしだけおめかしをして手を引いてくれる彼を待つ。だけど彼は雨の精だから、呼んでも、雨が降ってないと来てくれないんだ……
カーテンを閉めようと窓に手をかけ、気づく。
「―――雨ッ!」
雨は静かに、夜の街をしっとりと濡らしていた。
音も立てずに、ぼくに見つからないように、雨の精がいじわるしたんだ。
いてもたってもいられなくなって傘も持たずに家を飛び出す。
彼と出会った交差点に、思わず足が向く。
まとわりつく雨が、ぼくを誘う。こっちだよ、早くおいでよと急かしてる。だけどまた車に轢かれそうになったら困るから、慎重に、早足で交差点の信号を渡る。
黒い服装に似合わない白い傘を持つ、男のひとは。
「……雨の、精」
「よっぽど風邪が引きたいんだね、夢見がちな少年 は」
目の前に、いた。
彼は呆れた顔してぼくを傘の中に入れてくれる。
「子供扱いしないでください」
「だけど、常識のある人間なら、雨の中、傘もささずに外出するかな?」
「だって。雨音がしなかったから」
「理由になってないよ」
遠目から見たら、兄弟のように、いや、恋人同士のように見えたかもしれない。
拡がっていく水たまりに映るぼくと彼の姿はどこか儚げで。
「……雨の精って」
「何?」
「呼びにくいから、キリサメでいい?」
彼は、あたしの顔を見て、吹き出し笑い。
「ちょっと、何がおかしい?」
笑いながら彼は応える。
「構わないよ。夢見がちな少年 」
ぼくは腑に落ちない気持ちで言い返す。
「夢見がちな少年、って馬鹿にされてるみたいだからやめて。彩でいいから」
「じゃあサイくんだね」
囁かれたぼくの名前を聞いた耳はほんのり朱に染まる。
そして、雨の日だけの逢引きははじまった。
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