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君は梅雨を知らない
「なにこの湿度、息が吸えない!
ツユイリ? 梅雨なんて知らん。季節は春夏秋冬の四つで充分!」
どんなに騒いでも、この街には夏の手前に雨が主役の梅雨という時期がございまして。
「天然ミストサウナか。美肌効果抜群、喉が乾かない、これなら水飲まなくても生きていける」
「そんなわけないだろ」
地元では有り得ない湿度の高さに正直俺も驚いたけれど、恋人の前では『上京して都会に慣れた俺』を演じてみる。
札幌と東京、離れても関係を続けると決めたポジティブ思考の恋人は、突如昨夜の最終便に乗り、訪ねてきた。
一人暮らしの部屋にいきなり転がり込むなんて無謀だ。上京して二ヶ月の単身者の部屋に客用の着替えやタオルは無い。
部屋干しは乾きにくい。朝のうちに昨夜の汚れ物を広げよう。
「そんな干し方じゃ乾かないよ、端を持って丁寧に広げて、パンパン! てして」
「丁寧に拡げる? パンパン?」
「阿呆。早く乾くように表面積を増やす! 寝た毛を起こすんだよ」
「寝た子を起こすんだね」
「ほら、まだよじれてる。こうやって完全に立たせて」
「完全に勃たせていいの」
こいつ、ふざけて茶化して、からかいやがって。
「バスタオルはグルグル5回ずつ振り回すと捩れが取れて、早く乾く」
「オレに振り回されてだんだん乾いてきた?」
「きっと乾くはず」
「……会えなくて、気持ちが乾いた?」
――話が違ってきてないか?
洗ったバスタオルを握り締め、一点を見つめている。なんだよ、目なんか潤ませて。茶化して誤魔化し続けてくれよ。
「ちが……俺だってちゃんと会いたかったし」
「オレばっかり寂しがってる」
「そんなことないよ、俺、お前が思ってるよりずっとお前のこと好きなんだよ。心細くて、何度も帰りたいと思った。昨日だって、ヘマして落ち込んで、会いたいなあって思った時にお前が来て、すっげー喜んでんだよ?」
解らないよな。何も言わずに想ってるから。
あれ? なんか目から雫が。
雨とお前につられたか。慌てて目を逸らしても、至近距離では隠しきれない。
「あ、えと、ごめん! そんな事とはつゆ知らず」
「梅雨だけに。駄洒落か」
目が合って一緒に笑う。
電波越しじゃない声と温度に心が沸く。
「……窓、閉めよっか。
湿度上がっちゃうけど、息吸える?」
「駄目。呼吸止まる。助けて」
ふざけて倒れるのを抱きとめ、唇を塞ぐ。
助けられたのは俺の方だよ。
室内は飽和水蒸気量を超過し、ガラスに露を結んだ。
おあとがよろしいようで。
<おしまい>
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