1 / 1
黄梅の雨
雨の日は仕事がなくなる。
十年前、家出をしたのもこんな雨の時期だった。
工事現場の作業員である勇樹は朝からパチ屋に行き、当たりが出た日はそのまま風俗女を買うか、発展場の近くで男を引っかける。あとは近くのラブホで楽しむだけだ。
二回戦を終えて、バックで掘られ長い絶頂から降りてきた今夜の相手がベッドに脱力した。まだ、結合したままだった。
ちんぽを抜いて、半端に緩んだ尻の穴に指を入れると気を抜いていた背中に力が入り、筋肉の筋が浮き上がる。
「っん……ぅ」
前立腺の周りを二本指で撫でる。気持ちいいのか、ぴくぴくと肩が震えている。
その反応を見ながら精液が溜まったゴムを結ばずにそのままビニールがかけられたゴミ箱に投げ入れた。裸になった息子をしごく。
「もう一回、いい?」
勇樹が問いかけると相手は首を横に振った。
「何だ、嫌なの?」
指を変え、くにくにと前立腺を刺激しながら玉より肛門側の会陰を陰毛ごと親指で刺激する。
「ゃ、あっ……ぅ、んあ……あっ……」
へこへこと腰を動かし、低い掠れた声を出す。腕を噛んで声を殺そうとしているが、もうくたくたらしく、指の動きに合わせて力なくあえいでいる。
「こんなに感じてるくせに、もう終わりなの? そんなわけないよな?」
勇樹は自分のちんぽをしごいていた手で、くすぐるように腰を撫でた。その刺激がたまらないのか、逃げるようにベッドを這う。逃亡を阻止するために両足の上に乗って、逃げた罰だというように激しく中に入れた指を動かした。
「あっ、ぁあ」
透明な液体が性器から飛ぶ。潮だろうか。それとも薄くなった精液だろうか。わからないが、勇樹が二回終わるまでに相手は幾度となく果てている。精液だとしたら、そろそろ空になる頃かもしれない。
「っは……あ、あっ、は……」
途切れ途切れに息をつく様子はいかにも死にそうだった。包丁で肝臓でも刺されたのだろうか、と思わせる。
指を抜き、勇樹は素早くゴムを装着して割れ目に押しつけた。
「入れてって言えよ。お願いしろ」
「あっ……ん……」
ぐにっとカリの手前まで入れて引き抜く。ちょっとでも入れると期待して穴が動き声が甘くなる。
「ほら、ほしいんだろ?」
穴を刺激しながら尻たぶを掴んで、割れ目でちんぽをしごく。
「ぅ、は……ぁっ、あ……そ、な……っ」
もじもじして入れてほしそうに勇樹を見る。それくらいじゃ入れない。もっとほしがってほしい。
濡れた音を立てながらちんぽを動かし、形のいい尻を叩く。叩くたび、気持ちよさそうな声を出す。開発はまだなようだが、マゾっ気があるらしい。
とことん好みを刺激してくる。
期待して開いたり閉じたりしている縁に先っぽを引っかけては抜き、擦る。
勇樹の焦らしに、自分の体を抱いてたえていたが、ついに陥落したらしく「入れて」と震える声でねだってきた。
「どこに? ほら、ちゃんと」
ペシペシ尻を叩くと自分で尻たぶを掴んで左右に広げ、穴を露出させてくる。
視覚的な破壊力が半端ない。
「こ、こ……ここに、ほし……ぃあっ!」
焦らしながら、早く突っ込みたくて仕方がなかった勇樹は広げられた穴にいきり立つ息子を押しつけた。
″
『今月の二十日。……区……町で起きた、十二名が殺傷された凄惨な事件について専門家の……』
ワンルームのボロアパート。
隣の部屋のテレビの音が丸聞こえだった。
外は今日も雨降りで、部屋の中はじめじめして冷たい。部屋の四方の壁にはカビが目立つ。
昨日、現場で雨だからと仕事が早めに切り上げられ、明日も続くようなら休みだと言われていたから、今日はわざわざ休みの確認をしに部屋を出なくてすむ。
『今回の事件の裏には暴力団の抗争が関係していると思われます。亡くなった青井大治郎は裏社会では大物ですからね』
『犯人はなおも逃走を続けているようですが』
最近、ニュースを騒がせているのは暴力団関係者が所有する屋敷が何者かに襲われた事件だ。死者九名、意識不明の重体三名。
いずれも同じ刃物による犯行で、傷跡から犯人は一人とされている。内部犯という噂もあるが、証拠はなく、目星もついていないようだ。
ガスコンロでヤカンが鳴る。火を止めた。万年床は客が寝ているのでこんもりしている。
昨日、ホテルでヤりまくった男を連れ帰った。
なかなかの男前だ。眉は太すぎるが、彫りの深い濃い顔立ちのせいか、ぎりぎり違和感がない。
勇樹は寝ている男の鼻をつまんだ。二、三秒してビクッと目を明ける。
「起きたか。インスタントのコーヒーでいい?」
「……ああ」
勇樹を見て顔を伏せた。目が腫れている。
かなり激しく抱いて泣かせたからだとわかっているため、何となく誇らしくなる。
「コーヒー、棚にあるからさ」
そう伝えて、勇樹も布団に座った。
「棗。親父たち殺してすっきりしたか?」
青井棗。青井大治郎の息子。
コーヒーのことを伝える勇樹を不思議そうに見ていた男の目ががらりと変わる。寝ぼけが抜けて、鋭利さが増した。
「それとも、俺を殺さないと気がすまないか?」
男は声を失ったように口を開けたまま黙っていた。
「俺が家を出た時、お前まだ十かそこらだったろう? 親父にはその年齢が年頃だからな」
青井大治郎は小児性愛者だと噂されている。実際、屋敷には妾に産ませた子どもがいて、自分の子どもに夜の相手をさせていた。大治郎にとって、成熟した女との行為は、寝所で可愛がる子どもを作るための行為でしかない。
実子にまで手を出す悪食ぶりは有名だった。
だが、跡取りとして育てた正妻との間に生まれた息子は例外だった。
息子、青井勇樹だけは。
「……どうして、あんたは」
やっと口を利いた。
「大治郎は、小児性愛者だったわけじゃない。嫌がる相手を組み敷いて犯すのが好きな変態だったんだよ。十歳くらいの生意気盛りなら、まず間違いなく抵抗する」
種明かしをしてやったが、棗は眉間に深いシワを寄せる。
「あんたは何なんだよ。嫌じゃなかったとでもいうのか? 喜んで父親のイチモツを受け入れるとでも?」
「まあな」
棗が張り裂けそうなほど、目を見開く。
「あ、あり得ない」
「……親父も変態だが、俺も大概だ」
棗を押し倒して唇を奪う。
嫌がる両手を押さえつける。
唇を離し、長年隠し続けてきたものを吐き出した。
「お前みたいな弟が羨ましかった」
勇樹は父親が好きだった。だが、なつけばなつくほど疎まれ、厳しく育てられた。
竹刀で殴られる。水をかけられる。それでも、直接殴られる時は気が楽だった。素手で触れてもらえることがひたすら嬉しかった。
大治郎と勇樹の思いが重なることはなく、可愛がられる弟を見て、それを苦にする弟を見て、腹が立った。愛してもらえるのに、なんて贅沢だと。
父親に無理矢理抱かれた子どもが大人しくなるのに、それほど時間はかからない。
抵抗しなくなった子どもは養子に出された。この年まで大治郎のそばにいたのは棗くらいだろう。
「この年になれば異常だってわかるが、俺はたまらなく大治郎を愛していた」
「気持ち悪い……」
棗が顔を背ける。
勇樹は筋が浮き出る首を軽く噛んだ。
「っ、ふ……」
噛んで舌を這わせる。手のひらを指でくすぐる。棗がゆるゆると腰を動かし始める。
「気持ち悪いんじゃないのか」
貸してやったグレーのスウェットの股間が持ち上がり、頂きが黒っぽく染みている。
棗は顔を真っ赤にして首を振る。
「ちが……これはっ」
「大好きなお兄ちゃんがド変態で困るね、棗」
家を出ると決めた日、勇樹を引き留めたのは棗だけだった。手には縛られたあとがあり、目は泣き腫らしていて。
行かないでと追いすがり、すんすんと泣く。
勇樹はそんな棗を蹴り飛ばして家を出た。勇樹にとって縄のあとは大治郎に愛された印で、泣き腫らした目は贅沢の極みだった。
「お前が俺を好きなのはわかってた。恋というよりは依存だろうが、どうでもよかった。俺なんかの何がいいんだか」
真っ赤になった棗にキスをする。もう抵抗しなかった。舌を絡めてきて滑稽だった。
大嫌いな棗。大治郎に抱かれた体としての価値しかない。
何日も勇樹の行動を観察し、何食わぬ顔で発展場に現れ、他人のふりをして抱かれに来た。十二人も刺した後に。
大治郎を殺した相手だが、勇樹にとってはそんなことより、同じものを使えることの方が重要だった。大治郎本人からの愛情は、家を出たあの日に諦めている。大事なのは繋がりだ。
さんざん、昨夜繋がったあとだからか、棗はすんなり勇樹を受け入れた。
「んんっ、あ……っ」
「壁薄いから声出すと聞こえるぞ」
昨日は布団に棗の顔を枕に押し付けて犯した。最後は酸欠で気絶させたが、今日は自力で我慢してもらおう。
突き上げると、棗は両手で口を抑えた。
「んっ、ふ、んっ、んっ……」
足を掴み、思いきり腰を使う。長いストローク。何をしても感じる棗。
「はは……お前、大治郎に似てるよ。その目とか、鼻そっくりだ」
若い頃の写真を見たが、今の棗と瓜二つだった。
一瞬、鋭い嫌悪が目に現れたが、奥をうがつとすぐにとろけて消える。
「ぁっ、んっ、んあっ……」
大治郎にとって勇樹は不出来な息子だった。
跡取りとしての未来を嘱望されたが、同じ屋敷に住むなんて生殺しもいいところだ。
大治郎のお気に入りだった棗は反抗的で、誰にもなつかなかったが、不思議と勇樹にはなついた。優しくしたことなんて一度もない。むしろ、大治郎やその部下の方が棗には優しかった。
目障りで仕方がなかったそいつが、今自分の下であえいでいる。
大治郎に仕込まれた体で。愛された体で。
「早く俺を恨んで殺せよ」
勇樹は口を抑える棗の手を触った。
大治郎を殺した手だ。
部屋に湿った吐息がこもる。外は雨降りで、隣から明日も雨だと知らせる天気予報が聞こえてきた。
″
庭に梅の木があった。
六月の半ばほどになると、黄色く熟した実をつける。縁側を通ると梅のにおいがして、梅雨の季節はついその木を見てしまう。
棗が八つの時だった。梅の木の木陰に兄の勇樹が足を伸ばして座り、本を読んでいた。
落ちている梅の実を拾って食べている。
勇樹はこの屋敷の跡取りで、大事にされている。勇樹が廊下を通れば、この屋敷の大人たちは皆道を開けて頭を下げた。
その当時、子どもは棗と勇樹だけだった。勇樹に疎まれているのは知っているが、取り繕った優しい顔ですり寄ってくる大人より、あからさまに嫌悪を丸出しにして殴り付けてくる勇樹の方がずっとよかった。
大人の男はそもそも気持ちが悪い。触れられるだけで吐きそうになる。特に父親の大治郎。夜な夜な寝室に来て、棗が泣いて暴れても縛って押さえつけ、好き勝手にされる。思い出すだけでも頭の中がぐるぐるして、胃がせり上がって来た。
縁側からサンダルをはいて下りる。
勇樹に近づいたが、本から顔を上げない。
無視されている。というより、いてもいなくても変わらないのだろう。勇樹が殴ったり蹴ったりしてくるのは棗が声をかけたり触ったりした時だけだ。
拳ひとつほど間を置いて勇樹の隣に膝を抱えて座った。地面は湿っていて冷たい。よく見ると勇樹は厚手の上着を敷いて座っていた。
座った尻が湿る。手首にある縛られて擦りきれた傷が痛痒いせいで、何となく落ち着かない。さすりながら勇樹を見ると、梅の皮を剥いているところだった。
ぺろ、ぺろっと簡単に剥ける。
「……おいしいの?」
殴られてもいいから声をかけた。
勇樹はちらりと棗を見た。ただ、いつものように殴るようなことはなく、一言だけ「別に」と返事をした後、大ぶりの梅の実にかぶりついた。にちゅ、と果肉が潰れる音がした。
じっと見ていると、勇樹が目だけこちらに向ける。
「卑しいやつ」
別に梅がほしくて見ていたわけではないが、勇樹は勘違いしたのか棗の小さい口に食べかけの梅を近づける。
香りがした。赤くてみずみずしい果肉が近づいてくる。
何だかドキドキした。顔が火照る。いつも殴るだけだった勇樹の手から何か食べる。その行為に背筋が電気でも走ったかのようにぞぞぞっとして、口の中には唾液が溢れた。
勢いよく一口食べて、歯が種に、勇樹の指先が唇に当たった。甘酸っぱく香り高い梅の果肉を歯でこそぎとる。
「きったねえな……」
だらりと滴が顎を伝った。
勇樹は濡れた手を棗の髪で拭いて、本を閉じて去っていった。
あの日から勇樹を好きになった。殴られても蹴られても、勇樹にくっついていた。彼が屋敷を出ていくまで。
勇樹の一重のすっきりした顔立ちは大治郎とは似ても似つかない。血が半分繋がった兄弟だが、そんなことは棗に微塵も関係ない。
監視カメラだらけのあの屋敷で十二人手にかけた。ニュースで聞くと死に損ないがいるらしいが、初めての殺しにしては上出来ではないだろうか。監視カメラのデータも消し、念のため機械も壊した。
手を胸の上に置き、寝ている勇樹を見つめる。
すっかり大人だったが、昔の面影はある。
この人が女も男も関係なく抱けると知って、たまらなく抱かれてみたくて他人のふりをした。そうでもしなければ抱いてもらえないと思っていたからだ。
でも、実際はそんなことはなく。
勇樹は棗を覚えていた。棗が十歳の時に会ったきりにも関わらず。十年も経っているのに。あの時とは姿も違うのに。初めから棗とわかって抱いていたなんて。
それが衝撃であり、棗にとっては鳥肌が立つほど嬉しいことでもあった。
「……殴って」
勇樹の指にキスをする。
そのまま目を閉じると梅のにおいを感じる。
唇に当たった勇樹の指先、爪の硬さ。服を濡らす湿った土の感触。
一瞬で恋をしたあの日に戻ることができた。
ずっと、会いたかった。
殴られても蹴られても、この人を好きだった。会えなくても気持ちは変わらなかった。好きで、好きで、好きで。恋しくて、切なくて。梅を食べさせてくれた手を思い出し、何度自分を慰めたかわからない。
この人の帰らない屋敷は本当に地獄だった。
毎晩のように求められ、あの手この手で辱しめられる。死んだとわかっていても、ふとしと時、大治郎の下卑た笑い声が聞こえるような気がする。
極道の世界で青井組がどれ程の地位なのか知らないわけではない。だが、そんなことは関係なかった。棗には勇樹だけだった。
「俺はあんたになら、何をされてもいいんだ」
雨が静かに降っている。
恨め、殺せとこの人は言ったが、今さらそんなことできるはずもない。
あの庭。警察の手入れが入っただろう。それでもまだきっと梅の木はあって、黄色い梅が細い雨に濡れている。
きっと明日も彼の仕事は休みになる。
棗は勇樹の指先をそっと舐めた。
ともだちにシェアしよう!